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宇宙船を降りてターミナルに着くと、すぐに迎えを探した。


船に乗る前、急遽ホストファミリーが変更になったという知らせが小型コンピューターに届いたので、不安に思っていたのだ。 


「ようこそ地球へ。川島咲夜さくや君」


プラカードが目に入ってほっとする。五十代くらいの男女が立っており、コンピューターに届いた変更後の写真と顔が一致する。瀬賀湯治とうじ、弘子夫婦だ。どちらとも品のある顔立ちで姿勢がよい。いい経験ができそうだ。駆け寄り、挨拶をする。


「はじめまして」


日本の挨拶はお辞儀が基本。頭を下げる。


「これから1年間よろしく。荷物は届いているよ。いい旅ができたかね」


顔をあげ咲夜は明るく答えた。


「はい、とても」

「ベースは10年前に旅行へ行ったきりだわ。さ、車はこっちよ」


弘子はつるつると光る床にヒールの靴音を響かせ先に歩く。

ターミナルを出た先に、広い駐車場があった。

日差しを浴びて内心舞いあがる。地球の濃厚な酸素、日本。


恒星はベースよりも強烈で、空はびっくりするほど青い。


車に乗るように言われ、後部座席に腰をおろした。駐車場に並んでいるどのような自動車も、一切の無駄を省いたコンパクトでシンプルなデザインだ。


「窓、開けてもいいですか」

「もちろん」


窓を数センチ開ける。車が走り出し風が強く髪に吹き付ける。

宇宙船用の離着場、及びターミナルは長野県と北海道の2カ所にある。咲夜が降りたところは長野。山が近くに見える。


夫妻の家がある東京へ行くには3時間以上かかるというので、しばらくは景色を楽しむことにした。


咲夜は東アジア、東南アジア系移民が暮らすベースのチャム大陸の首都イッサで育った。


11歳までは貧民街の更に最下層、スラム街に住んでいたが、12歳でベース生まれベース育ちである日本人の裕福な川島夫婦に引き取られた。地球へは川島夫婦の子供として来ているが、出生は極秘だ。


NASAが太陽に似た恒星と、地球にそっくりな惑星を見つけたのは600年ほど前になる。


人の住める酸素と窒素が理想的なバランスで存在し、かつ水の存在する惑星。地球にそっくりな星は他にも複数存在しているが、移住に適していたのはベースと名付けられた惑星だった。


惑星発見から150年ほどの月日を経て、宇宙間航行に成功、ベースへ数十年の月日をかけて行くことが可能となり、地球から宇宙開発関係者、各分野の技術者、医者、学者他一般市民の志望者など数百万の人が赴くことになったと言われている。


ベースの歴史はそこから始まった。約百年単位で開拓期、途上期、混乱期、安定期に区分されている。


地球の人間がベースに適応できて人間らしく住める安定した環境を整えるのに、更に100年が費やされたと言われている。その間に地球の技術はどんどん発展していき、短期間宇宙間航行が可能となった。


その時技術、資金、人材共に多大な貢献をしたのが日本だ。しかもベースの開拓期には、日本人が命を顧みず危険な仕事を進んで行い死んだものが多数いる。 


その勇敢さが讃えられ日本人は一目置かれる存在になっている。


ベースは現在、安定期で科学文明国家が多く存在する惑星となったが、各国が示した幸福度はどこも60パーセントに満たない。


それに比べると、地球の幸福度、特に日本は98パーセントという高い数字を常に叩き出しているのだ。咲夜は捨てられていた新聞で見かけたその数字に驚き、日本に興味を持った。


もともと、本当の親は日本人であるらしいと周囲から言われていた。生まれた時からそれらしい苗字があったためである。サクヤ・イグチという名札と共にゆりかごに置かれ、街中に捨てられていたそうだ。


そうしてスラム街で育ったのにもかかわらず、日本人である川島夫婦に引き取られ、その時初めて「川島咲夜」となった。


人口が増加し、親が子を捨てるという現象はベースのあらゆる国でも見られる。咲夜は一度も親を探そうと思ったことはなかった。引き取られる前、行き場のない子供たちを育ててくれた人がいたためだ。


名をママナといった。今は40代後半の女性だ。


ママナもまた貧民街のスラム育ちであったが、愛に溢れる人だった。誰もやりたがらない仕事を進んで引き受け、稼いだ日銭を貯めてスラム街の隅に木小屋を作り雨風が凌げるように工夫して、子供たちを7人ほど住まわせていた。


咲夜もその中のひとりだ。常に大きな愛情を感じていた。ママナは不思議な魅力があり、独力で身につけた教養もあった。その心の広さから一般社会の中でも特別視をしている人が多かった。


ベースの共通語である英語や文字や地球のことをたくさん教えてくれたために、新聞も読めたし本を読むこともできた。そのため、日々の食べるものには困っていたけれど一緒に育った子どもたちも素直で明るかった。


ママナは親であり、他の子どもたちは兄弟である。もちろん観光客や一部の社会からは差別をされたりゴミを投げつけられたりすることもあった。


火を投げられたこともあり、一度家を失いママナは顔半分に酷い火傷を負った。色々な人に助けられて最悪は逃れたものの顔に取り返しのつかない痕は残った。しかし、ママナは子供が無事だったなら自分の顔はどうでもいいと言って笑っていた。本心はどうかわからない。咲夜は顔を見るたび痛々しくなり悲しくなった。


日本人夫婦に引き取られたのも、ママナの後押しがあったためだ。


日本の勉強をちゃんとしたほうがいいというママナの意見と、川島夫婦が子供を欲しがっていたという偶然が一致して、奇跡が起きた。


その後も、ママナは他5人の子供を身元のしっかりとした夫婦に引き取らせた。


川島夫婦のもとで家庭教師がつき、きちんとした教育を受けられるようになって咲夜の基礎知識は磨かれていった。地球の歴史や日本語はちゃんと身に付いた。


地球は現在45カ国ある。 


咲夜の周囲の誰もが噂を口にしていた。地球の日本という国は素晴らしい理想郷であると。


日本は小さな島国だが、島国だからこそ住むには環境がとてもよく、治安もいいし人柄はみな親切でとても優しい。ストレスのほとんどない国で、就きたい職業につける。人生を好きに生きていけるという話だ。日本から来る観光客もそのようなことを言っていたのだ。


憧れを持った。できればベースと地球の架け橋となれるような仕事をしたい。そう考えて調べると、日本にはまだ学校制度が存在していた。


咲夜は18になる。学校制度を知ったのがかなり遅かったため申請がぎりぎりになってしまったが、日本では高等学校3年生がその年齢に値する。


これはチャンスだ。たった1年でも留学生扱いで日本の教育が受けられる。


川島夫婦に相談すると、最初はなぜか猛反対された。ママナに相談しても渋い顔をした。理由を聞いても答えてはくれなかったが、それで一度川島夫婦とは口論にまでなってしまった。


なんとか説得をして、川島夫婦は3年したら帰ってくることを条件に折れた。

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