迷い込む
陽射しを避けるように影を踏み、目的もなく歩く。気の向くままに曲がって足を進めていると、いやに目を惹かれる門を見つけた。それは立派な作りではなかったけれど、周りの建物とは違う、どこか不思議な空気を纏っていた。
「わぁ…」
私は思わず声をこぼす。石造りの門をアーチ状に葉っぱが覆い、青白く輝くような小さな丸い花が点々と咲いていた。好奇心に駆られ、居ても立ってもいられなくなった私は周りを見渡し、誰もいない事を確認する。少しだけだから、と自分に言い訳をしてその門をそっとくぐる。
まず視界に広がるのは葉っぱのトンネル。あちこちから手を伸ばしてくる植物をゆっくりとかき分けながら進んだ。陽の光は完全に影に変わっていて、夏だとは思えないような涼しさが身体を包み込む。
がさり、薄く光が漏れ出す葉っぱのカーテンを手の甲で開くと陽の光が零れ出し、眩しい光が頬を灼く。あまりの眩しさに閉じた瞳をそっと開く。大きく広がる黄色い花の絨毯の上を、蝶々が白銀の羽を輝かしながら飛び舞い、奥にある切り立った岩から幾筋もの水が流れ落ちていた。私がその景色に目を奪われていると、体と同じくらいの大きさの古びた本を抱えて座り込んでいる少年にじっと見つめられていることに気がついた。
その少年は磨き上げた純銀に月光を溶かし入れたような髪に、蒼く碧く染まった瞳を持ち、誰もが美人だと答えるような整った顔立ちをしていた。そのあまりの美しさに目を奪われていると、少年は立ち上がり、こちらに足を向けた。
私は言い訳をしようとしたが、頭は真っ白で何も言葉が浮かんでこない。そうしているうちに一歩二歩と彼我の距離が詰められていく。手首を掴まれ、強引に引っ張られる。
何が起きているのか、どうしたらいいのか分からず、目を回す様な感覚に浸っていると、手を掴まれたまま少年の動きがぴたりと止まる。
そこで少年の視線が動いていないことを不思議に思った私は、それに従うように私の手のひらを見る。一つ傷がついており、赤い液体が滲み出していた。どうやら先程植物を払った時に手を切ったらしい。その傷の端に少年の指が吸い込まれるように伸びる。
「痛っ…」
小さな痛みが走り、全身が少し強張る。
「動かないで」
透明感のある声が耳朶を叩き、少年の指が傷に沿って滑る。すると、綺麗に傷が無くなっていた。目の前の光景が信じられず、私が目をぱちくりさせていると、少年は微笑んで言葉を紡ぐ。
「もうこんなところに来ちゃダメだよ」
瞬間、強い風が吹き、目を閉じる。風が止み、私は門の前に立っていた。門は柱の一部が欠け、崩れており、とても入れるような状況ではなかった。
思い出した様に意識に入り込んでくる蝉の鳴き声と陽射しの暑さに囲われて、私は呆然と立ち尽くす。そして、瞬き一つをしてまた歩き出す。まだまだ散歩は終わらない。
とある夏の一日 和音 @waon_IA
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