『エタ』 “恵み多き”がなぜ“穢れ多き”になってしまったのか?
『エタ』
この言葉を聞き、ほぼほぼ読者の皆さんは差別用語を思い浮かべる事でしょう。
かつての差別階層の事であり、聞きたくもない話がわんさと出てくる。
仏教と何か関係があるのかとお思いかもしれませんが、大いにあります。
題材が題材ですので、これを書くのは少々躊躇われましたが、あえて書かせていただきました。
法の光が世界に満ちて、平穏無事になればよいと思うのは人の常。
されど、光あるところには、必ず闇もまた生み出されるのが世の倣い。
『エタ』もまた、そんな闇より生まれた、というより追い落とされてしまった存在なのです。
そもそも、『エタ』は漢字で書くと“
しかし、これがそもそもの間違い。
本来、『エタ』は“
では、なぜ“恵み”から“穢れ”へと変じたのか?
これには仏教の興隆、浸透が大きく関わってきます。
そもそもの『エタ』の始まりについてはよく分かっていません。
ただ、飛鳥時代には狩猟で得た獲物の解体や屠畜、家畜の世話などを行っている集団が既に存在し、それが後の『エタ』と呼ばれる人々の走りではないかと言われています。
今で言えば、畜産、食肉加工、皮革加工、葬儀のあれやこれや、そんな事を一手に引き受けている集団と言ったところでしょうか。
また、鷹狩もまた彼らの仕事でした。
鷹狩の日本最古の記録は仁徳天皇の時代にまで
後に
つまり、立派な官職持ちの集団であったということです。
また、奈良時代に書かれた『播磨国風土記』(←国宝指定)には『恵多』が記されており、この頃にはすでに『エタ』の名が存在していましたが、字面を見ても全然差別的な要素はありません。
ちなみに、天武天皇が仏教を手厚く保護し、その過程で『食肉禁止令』を出しています(不殺生戒を守れ!)が、ほぼ効果はありませんでした。
と言うのも、日本に伝わってきた仏教と言う外来宗教はめちゃくちゃ難しく、一部の知識階級にしか浸透しなかったからです。
結果、食肉禁止令を守っているのは上流階級や僧侶だけという有様。
肉食文化は廃れる事はなく、『恵多』も食肉業が御取潰しになると言う事態にはなりませんでした。
皮製品に需要はいくらでもありますし、全然困っていません。
むしろ、専門的な知識と技術を持つ集団として、持て囃されていたくらいです。
その状況が変わったのは、鎌倉時代になってからです。
鎌倉時代には新興の仏教が興隆した時代でもあります。
浄土宗を始めとして、民衆でも分かりやすく教義が改訂され、結果として一気に仏教が一般化した時代という事でもあります。
何しろ、今までの仏教は複雑な戒律や教義の理解が必要であり、とても無学な人々では習得できるような代物ではなかったのですから。
それが「南無阿弥陀仏さえ唱えればヨシ!」というくらいに簡略化されたのですから、そりゃ一気に広まっていきますわな。
そして、その状況が『エタ』の基盤を崩壊させたのです。
仏教には『不殺生戒』が存在し、むやみやたらと殺生を行うのはご法度です。
しかし、『エタ』は屠畜業や葬儀を執り行う集団ですから、日常的に“死”に触れている集団でもあります。
それが仏教的にはアウトであったというわけです。
また、神道においては“血の穢れ”を嫌う傾向にあり、これも日本人の精神の中に深く根付いています。
浄域である神社の境内に入る際には、口や手をすすぎ、清めてから入りますからね。
そして、五百年の時を経て、掘り起こされた『食肉禁止令』。
『食肉禁止令』自体はずっと以前から存在していましたが、それを律義に守っていたのは一部だけ。
僧侶とやんごとなき方々は守っていましたが、他の人々はお肉をパクパク食べていました。
しかし、法律は法律ですので、消したり修正したりしない限りはずっと有効でもあるということです。
仏教の一般大衆への浸透と共に『不殺生戒』、すなわち“肉食への忌避”が生じていったのです。
結果、仏教の“死の穢れ”、神道の“血の穢れ”、法律上の“食肉禁止令”、この三者が融合してしまったのが、鎌倉時代であったというわけです。
そして、その三者の矛先が向かうのは当然、『エタ』の人々です。
屠畜、葬儀、まさに“死”を生業にしていましたからね。
こうして『エタ』の人々は周囲から忌み嫌われる存在となり、“
これが『恵多』から『穢多』へと変じてしまった流れです。
仏の教えが世界に光をもたらそうとも、それを受け取るのは悟りを持たないただの“人”である。
こうした『エタ』の変遷もまた、人の愚行の一つではなかろうか?
ちなみに、『エタ』は差別を受けまくってどん底の生活をしていたと思っている人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。
厳しい差別には晒されましたが、経済的にはむしろ豊かです。
と言うのも、鎌倉時代以降は“武士の時代”であり、甲冑の注文は天井知らずで増えていき、革製品の需要は高まる一方だったからです。
日本の甲冑は西洋の甲冑と違い、全身金属で覆うようなものではありません。革製品が多く含まれていました。
人々は“血と死の穢れ”を嫌がるからこそ、『エタ』の仕事は潰える事はなく、差別は受けても仕事は沢山あるという状態が続きます。
また、そうした軍需産業の伸びが更なる変化をもたらします。
職人欲しさに、東国大名が西国の『エタ』を呼び寄せることとなったのです。
と言うのも、『エタ』は西国にしかおらず、東国にはいなかったからです。
そもそも、『エタ』は宮中にて官職を得ていた集団であり、その後も関西に住み続けていたので、関東にはいなかった。
そのため、革製品を自前で生産できるようにと、東国の大名がわざわざ『エタ』を呼び寄せたと言うわけです。
今でもたまに耳する“部落問題”の話が関西に集中しているのは、そうした人々の数が圧倒的に西の方が多いからです。
ガッチリとした身分制度を設けた江戸時代には、むしろ『エタ』の全盛期とも呼べる時代がやってきました。
なにしろ、家畜の解体をやって良いのは『エタ』だけと、法度で定められていたからです。
死んだ家畜を放置する事は出来ないので、『エタ』を呼んで処理してもらうより他なく、手間賃は足下を見られました。
また革製品の需要は相変わらずですし、食肉業もある意味では好調でした。
『不殺生戒』を守らねばと思いつつも、欲には負けてしまうものです。
薬名目でお肉を販売していた例は、いくらでも転がってます。
そして、稼いだ金で始めたのは、ずばり“金貸し”です。
稼いだ金を貸し付けて、高利貸しでぼろ儲け。
特に凄かったのは“穢多頭”矢野弾左衛門で、その収入は十万石の大名に匹敵する程と言われています。
差別は受けども、銭はたんまり持っている。
井原西鶴の経済風刺小説『日本永代蔵』においても、「人しらねばとて、えたむらへ腰をかがめ」と皮肉られています。
他人に知られないようにエタの住んでいる村に頭を下げよう。
『えた』さん、どうか内密にお金貸してください、ってことです、はい。
でも、差別はガッツリありました。
役人
「『エタ』、お前は下駄やなんかの履物禁止な」
エタ
「なぜでしょうか?」
役人
「履物は“人間”の道具だ。『エタ』は
こんな有様です。とんでもない差別です。
まあ、武士なんていうこれまた“血と死の穢れ”の際たる人々に、偉そうに指図されるのがとんでもない矛盾。
しかも、裏でこっそり金を借りているのにね。
また、死体の処理や皮革なめしをしていたので、非常に匂います。
結果、村や町からは追い出され、村外れや川の側に住居が定められました。
農業や居住に適さない土地に『エタ』の集落があるのは、そういうわけです。
嫌われ者だけど金はある。ここらへんは、ヨーロッパのユダヤ人にそっくりですね。
ユダヤはキリスト教世界においては、罪深き人々です。なにしろ、
そうした宗教的案件でヨーロッパ各国で嫌われており、土地の所有もできないので、代わりに金融業で財を成していきました。
今なお続く、ユダヤ系統の財閥の走りがそれです。
では、日本の『エタ』はどうなったのかと言うと、明治に入ってまた激動の変化。
すなわち『四民平等』です。
まあ、全然平等じゃないですけどね。
まず、身分制度が形だけとは言え消えたので、『エタ』の特権が消滅。
結果、食肉業や皮革業に新規参入が相次ぎ、『エタ』の職が奪われました。
それでいて、『エタ』と同列視される事を嫌う他の四民が猛反発し、戸籍帳にわざわざ“元穢多”と記して、一発で代々の『エタ』である事が分かるようになってしまいました。
屠畜と言う特権を奪われ、名ばかりの平等を押し付けられた結果、『エタ』は一気に困窮し、食うや食わずやになった人が大量に発生しました。
むしろ、『エタ』にとって厳しい時代は、“差別が無くなったはず”の明治以降だというわけです。
以上が『エタ』という人々のざっくりとした歴史です。
本来は優れた技能集団であったはずの『恵多』が、仏教の興隆と共に歪みを押し付けられ、『穢多』へと変遷していき、人々から蔑まれていきました。
いかに仏の教えが素晴らしいものであろうとも、その時代時代の人々の感情が、こうまで存在そのものを歪めてしまった例の一つではないでしょうか?
衆生の世界は救い難し。
功徳を積み、悟りを開いて解脱するのはいつになるやら。
この『エタ』の歴史は、そんな事を思い起こさせる一例でしょう。
結局はエゴやな>( -ω-)人 (´・ω・` )<仏様もグーパンレベルの愚行や
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