『愛』などいらぬ!

さて、某世紀末聖帝が吐き出したこの台詞を、今回のお題といたしましょう。


皆さんは『愛』と言う言葉にどのようなイメージがあるでしょうか?


他者の事を好きなるという意味での“恋愛”か。


あるいは最上位の敬意を表す意味での“敬愛”か。


とにかく、人生において欠くべからざるものとして、ポジティブなイメージがあることでしょう。


ですが、原始仏教においては、『愛』とはすなわち『苦』と捉えていました。


理由は簡単です。愛、あるいは愛着とは『執着』に繋がっているからです。


つまり、仏教における『愛』とは愛欲、愛着を持つ事を意味し、人、物、金、名声に執着する心であるとされます。


満たされていない気持ちを、他者や物、地位などで埋めようとしているのです。


「彼なしでは生きられない!」などとありきたりなフレーズですが、これは自身の心の空白を外部より補填する事であり、執着の最たるものです。


愛着のある仕事に居座り、地位に執着するのもまた同様です。


『愛』は失う事への“憂い”を生じさせ、それが“恐れ”を抱かせます。


阿修羅が娘の舎脂への愛情ゆえに妄執に捉われ、帝釈天と修羅場を形成したのも、まさに愛ゆえの苦しみなのです。


執着の本質は、“外部”に苦楽の原因を求めることです。


それゆえに、自分以外の“何か”を求め、それがいつしか執着へと変質し、『苦』を生み出してしまう。


そもそも仏教は「あらゆる悩みの原因は、自分の内側にある」と説く教えです。


自分自身の持つ“内部”の問題から目をそらし、何かに執着していても、問題はいつま でたっても解決することはありません。


『愛』を愛欲、愛着、渇愛と捉えた場合、それは“執着心”となる。


すなわち、仏教においては『愛』より“離れる事”が理想とも言えます。


『愛別離苦』、愛が別離に際して苦しみを生む。


愛情が、すなわち“執着”が強ければ強い程、別れに際しての苦しみもまた大きくなっていきます。


そして、人は“死”によって遅かれ早かれ、別れの時がやって来るのです。


これは絶対の真理であり、誰であっても動かすことはできません。


ゆえに、仏陀はこの絶対の真理を克服する法を説いたのです。



仏陀

「愛・執着が苦しみを生む。

 愛・執着が生まれる原因はこの世の真理を知らない、無視していることであると理解する。

 この世の真理である諸行無常や諸法無我を知って、執着する心が生まれないようにする。

 この世の真理を理解し、正しい行いを心がけれる」



噛み砕いていうと、だいたいこんなところです。


仏陀自身もまた、家族への別離に思い悩んだ一人です。子供に障碍ラーフラと名付けてしまう程に、愛情に捉われていました。


最終的にはそれらを振り切って修行に打ち込み、悟りを開くこととなりましたが、やはり人にとって愛する人との別れは、一番堪えるものなのです。


『愛』を捨て去ってこそ、悟りが開けるのはこういう理由からです。


ちなみに、現在我々が考えている『愛』という言葉のイメージですが、仏教的には『慈』がそれに近いと思ってください。


『慈』は深い友情や慈しみの心を持ち、誰かに“楽与”することを意味しています。


とは言え、『愛』と言うものを仏教は全否定しているわけではありません。


愛染明王あいぜんみょうおうなどがいい例です。


愛染明王は別名『離愛金剛』とも呼ばれています。


『離』は生死の業となる因子の煩悩や渇愛より離れる事を意味し、『愛』は菩提(覚り)の妙果を愛する事を意味しています。


すなわち、『離愛金剛』とは「愛欲・煩悩より離れ、欲望に変化を与える者」の意味するところであり、悟りの妙果を愛するということです。


この場合の『愛』は悟りの意を内包しており、人々を『さとり』に『染』める明王、それが愛染明王なのです。


なお、この愛染明王は一昔前まで、服屋と遊女に篤く信仰されていました。


『愛染』⇒『藍染』と解釈され、衣服・染料の守護仏として、その関係者から篤く信仰されていました。


また『愛』を否定しない仏であるため、遊女はこぞって愛染明王を信仰しました。


これにはさしもの愛染明王も困惑した事でしょう。まあ、明王部の仏様なので、いつもしかめっ面ですけどね。



引かぬ、媚びぬ、省みぬ!>( -ω-)人  (´・ω・` ) <せめて省みろ

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