物乞い少女ナンダーと久遠の灯火

前回、『布施』の話をしましたが、それに関するお話で、自分が特に気に入っている話がありますので、今回は連続で『布施』に関するお話をします。


仏陀と出会った少女ナンダーのお話です。



              ***



あるところに、ナンダーと言う少女がいました。


ナンダーはとても貧しく、物乞いをしてはその日その日を凌いで暮らすと言う厳しい生活をしていました。


そんなある日、食べ物を恵んでもらった人から、仏陀と言う大変徳のある人物がおり、その説法を聞いてみてはどうかと勧められました。


ナンダーは紹介してくれた人がとても幸せそうな笑顔の持ち主であったので、きっとその仏陀が素晴らしい事を説いたのだろうと考え、教団の法座に足を運んでみる事にしました。


そして、初めて見る仏陀に魅了され、同時のその口より聞こえてくる数々の有難い教えに感銘を受け、すぐにその信徒となりました。


そして、フラリと無意識に前へと進み出てしまい、ナンダーは仏陀に問いかけた。



「私はとても貧しく、辛い日々を過ごしています。今日は食事にありつけぬのではといつも考えてしまいます。行く末の不安とひもじさ、惨めさで眠れなくなることもあります。食べるためだけに生き、日々に心はいつも闇に閉ざされているようなもの。一日として安らかに過ごしたことなどありません。なのにこんなにまでして、どうして生きなくてはならないのでしょうか?」



その問いかけに、仏陀は笑顔で答えた。



「人というものはただ生まれ、生きているものではない。先が見えず、苦しくて胸が潰れるような日々の中にも、この教えを聞き、救われるという意味がある。その教えの前にあっては男女、貴賤は関係ない。すべての者が平等無上の幸福になれるのだ」



そうして仏陀はナンダーを始め、集まった衆生、出家者を問わず“法”を説いた。


ナンダーはその素晴らしき教えを聞き漏らすまいと必死で耳を傾け、仏陀の言葉が耳に入る度に心に染み入って来るのを感じた。


生まれてこの方、辛い思いしかしたことのないナンダーに、初めて光が差し込み、魂が熱く躍動するのを感じた。


そして、仏陀はその日の最後にこう締めくくった。



「この法を求むる者、常に布施を心がけよ」



ナンダーはこの言葉に悩みました。


仏陀の尊い教えに触れ、これを広めたいと考えた。あるいは教団に施して、その一助となればとも考えた。


だが、貧しい身の上では何を施せばよいのかと、大いに悩んだのだ。


そんな悩める少女の目に映ったのは、光り輝く仏陀の姿であった。


すでに祇園精舎には夜の帳が下り、すっかりと暗くなっていた。


しかし、喜捨によって設けられた燭台が明かりを灯し、仏陀の座する法座を照らしていたのだ。


これだ、そう少女は考えた。



「尊者は私の心に光を差し入れた。なら、今度は私が尊者を照らそう」



燭台はさすがに無理だが、そこに入れる“油”くらいならなんとかできないだろうか。


そう考えた少女は、逸る気持ちを抑えつつその日はねぐらへと帰っていった。


そして翌朝、ナンダーは街に出掛け、いつもの物乞いを始めた。


だが、その日は違った。昨日仏陀の教えに触れたナンダーはその教えの素晴らしさを紡ぎ出し、熱心に説いて回ったのだ。


火の付いた魂は熱を帯び、その情熱が少女の口よりほとばしるが、誰も相手にしなかった。


今日は妙な物乞いがいるな。行き交う人々はそんなことを思いつつ、冷ややかな視線を向けてはナンダーの前を通り過ぎていった。


しかし、燃え上がったナンダーはその程度では挫けなかった。


今度は一軒一軒、戸を叩いて回り、物を乞うたのだ。


ナンダーは幾度追い返されたか分からぬほどに戸を叩いたが、とある一軒の家で老婦人と出会った。


老婦人はナンダーの言葉を丁寧に聞き、一々頷いては笑顔を見せた。


そして、ナンダーがひとしきり話し終えると、懐から硬貨を一枚取り出した。


有難い話を聞かせてもらった礼だ、そう言って少女に手渡したのだ。


ナンダーは歓喜し、老婦人に礼を述べると、今度は大急ぎで商店に駆け込んだ。


もちろん、“油”を買うためだ。



ナンダー「すいません! 油ください!」



商人「ん~、それじゃ足りないよ。出直してきな」



ナンダーはそう言われ、店から追い出されてしまいました。


物乞い生活を続けていたため、まともに買い物をしたことがなく、油の値段など知らなかったのだ。


小銭一枚では、小壺の油すら買えない。油は少女が思っていた以上に貴重で、高価な品だった。


何軒もの商店を回ったが、結果は同じだ。


どこの店もお金が足りないと、ナンダーに油を売ってはくれなかった。


悩んだ末に、ナンダーは最後の手段に訴え出る事にした。


再び商店を訪れると、その前でバッサリと自分の髪を切り落としたのだ。


何事かと店主が出てきたのだが、それに対してナンダーは髪と銭を差し出してこう言った。



「油を売ってください! どうにかこれで何とかならないでしょうか!? 今日一日求め歩いて得たお金なんです! 足りない分はこの髪を差し上げますので、どうか油を譲ってください!」



以前ナンダーは物乞い仲間から、「あなたの髪は黒くてしなやかだし、売ればいい値がつくかもよ」と言われたことを思い出し、この状況となったのだ。


いきなり髪を切るわ、地に頭をこすり付けて懇願してくるわ、凄まじい剣幕で迫って来るわで、さしもの店主も困り果てた。


取りあえず事情を聞こうと、店の中に少女を招き入れた。


聞いてみると、仏陀と言う尊者に燈明の施しをしたい、と言う事だと知った。



「なるほど、そういう事だったのか。仏陀と言う尊者の話なら名前くらいなら聞いていたけど、そんなに素晴らしい人なんだね。いいよ、あんたの熱意に免じて、一灯分の油を渡そう。足りない分は私からの“布施”ということでな」



そう言って店主は小壺に入った油と、少女の持つ小銭を交換した。


少女は歓喜して店主に礼を述べ、今度は一目散に仏陀のいる祇園精舎を目指した。


そして、その日の説法にて仏陀に油を施し、夜の闇を照らす一灯が少女の用意した油で賄われた。


翌朝、仏陀の弟子の一人・目犍連モッガッラーナが法座の掃除にやって来ると、不思議な光景が目に入った。


昨夜は燭台に火が灯され、法座を照らしていたが、今は燭台の油が切れて火が消えていた。


ところが、その内の一つが、なおも火が灯っていたのだ。


不思議に思いつつも目犍連モッガッラーナはその燭台に蓋をして、火を消そうとしました。


ところが、その火は消えなかった。指先程度の小さな火ではあったが、目犍連モッガッラーナはその火を消すことができなかったのだ。


水をかけても効果がなく、さらには法力まで用いて消そうとするが、それでもだめだった。


目犍連モッガッラーナは仏陀の弟子の中でも最強の力を有し、その神通力を以て異界の母に食べ物を届けたり、あるいは釈迦族に襲い掛かって来た軍隊を一人で退けるなど、絶大な力を有していた。


仏陀からも制止されるほどの力で、“神通第一”との呼び声も高い。


ところが、その目犍連モッガッラーナの神通力を以てしても、ほんの小さな火すら消せないのだ。


何事かと困惑する目犍連モッガッラーナであったが、そこへ仏陀がやって来た。


事情を説明すると、仏陀はその燭台を見つめながら答えた。



「それはナンダーという少女が布施した灯火だ。その灯はとてもお前の力では消すことはできない。それこそ、大海の水を全て注ごうとも、その灯は燃え続けるであろう。なぜならその灯こそは、一切の人々の心の闇を照らそうとする、海よりも大きな広済こうさいの心から布施された灯火であるからだ」



そう、ナンダーの心のこもった布施が、久遠くおんの灯火へと昇華していたのだ。


決して消える事のない、小さいながらも輝き続ける灯火の下に、いつの間にか仏陀の弟子達が集まって来ていた。


そして、仏陀が述べた。



「長者の万灯よりも貧者の一灯。布施の功徳は決して、量の多寡によって決まるものではない。その心こそ大切なのだ」



                   ***



以上が、物乞いの少女ナンダーのお話です。


自分が知っている伝承を、分かりやすく少し噛み砕いて書いてみましたが、いかがだったでしょうか?


『布施』で重要なのは、“心”です。


物の受け渡しではなく、“心”の受け渡しによって功徳を得る修行なのです。


教えに触れたばかりの少女であろうとも、その教えに対する真摯な情熱と真心が永遠の輝きを生み、仏陀最強の弟子すら太刀打ちできなかったのです。


物を贈る際には金銭の多寡ではなく、それに込められた想いこそが大事なのです。


真心、情熱、それが功徳の源となります。



信じる事さ~♪>( -ω-)人   (´・ω・` ) <必ず最後に愛は勝つ~♪

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