仏陀、母・摩耶に最高のプレゼントを贈る

さて、聖者偉人にまつわる話であれば、家族、特に母親に関する話が出てくるものです。


キリスト教でも、イエスを生んだ母マリアなどがその代表例ですね。


聖母信仰が過熱しすぎて、この人の扱いどうしようかなんて宗教会議が開かれて、学者や聖職者が大真面目に議論を交わしたほどです。


では、仏陀の生母・摩耶マーヤ夫人はどうなのか?


残念ながら、彼女と仏陀にまつわる話はほとんどありません。なにしろ、産後一週間で摩耶夫人は産褥熱にて亡くなるからです。


医療技術が発達していない当時では、出産は命懸けですからね。


ゆえに、この母子の話は、出産と悟りを開いて以降の天界での話になります。


出産シーンは数々の仏画が描かれるほどの有名な場面です。


その特徴としては、



1、摩耶夫人が無憂樹アソッカの花を握った際に、その脇から仏陀が生まれる。


2、生まれた仏陀はスッと立ち、歩くたびに蓮の花が足下に生え、合計で7歩進む。


3、右手を天に、左手で地を指さし、「天上天下唯我独尊」と宣う。



1に関しては、高貴なるものは脇より出ずる、という当時の貴族クシャトリアの間で言われていた伝承があり、それが元になったものと思われます。


2は6つの世界、すなわち六道りくどう(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)を生まれながらに超越し、更にその先へ赴く存在であることを示しています。


なお、仏教画では蓮の花をよく見受けられますが、これは『泥水の中より生み出される清浄なる美しき花』が、『欲に染まる衆生の世より、清らかなる天上の世界へと至る』という宗教的メタファーです。


3については後世の誤伝とされています。と言うのも、この有名な台詞は仏陀が述べたのではなく、“過去七仏”の一人、毘婆尸仏びばしぶつの言葉だからです。


仏教は仏陀が開祖となっていますが、それ以前に積まれた功徳の末に、仏教が誕生したと考えられています。


“過去七仏”とは、仏陀以前の仏教の前身を築いてきた聖者の事であり、仏陀がその七仏の最後の一人として、仏教を完成させたと言うわけです。


『天上天下唯我独尊』もそれ以前の聖者の言葉が、仏陀の言葉として定着してしまったというわけです。


さて、そんな立派な息子が生まれたと言うのに、摩耶夫人は産後程なくして亡くなりますが、“聖者を生む”という最高の功徳もあって、忉利天とうりてんに転生し、帝釈天たいしゃくてんの庇護を受ける事になります。


そして、仏陀がついに悟りを開いて解脱に成功。それを母親に報告するため、なんと神通力を用いて魂を忉利天とうりてんに飛ばし、母・摩耶の下へとやって来たのです。



仏陀「母上、ついに悟りを開くことができました!」


摩耶「おお、なんと立派な姿になって! 母として嬉しく思いますよ」


仏陀「んじゃ、早速説教始めますね」


摩耶「……はい?」


仏陀「悟りこそ最高の贈り物♪」


摩耶「なんか違うな~、この再会」



さすがは常人とはかけ離れた感性をお持ちの仏陀さん。生まれてこの方、離別していた母に再会して、まずやったのは“お説教”です。


いや、まあ、それは凄いですよ。仏教においては、悟りを開いて解脱するのが至上の悦びですからね。


仏教徒にすれば、開祖・仏陀からのマンツーマン説法なんて、嬉しすぎて飛び上がる事でしょうよ。


でもまあ、この二人、何と言っても親子ですからね。なんかこう、もっとなかったんでしょうか。


とまあ、そんなこんなで元々功徳がたまっていた摩耶夫人、仏陀のマンツーマン説法もあって、僅か3ヶ月で悟りを開いてしまいます。


そして、帰り道は黄金の階段を呼び出し、仏陀の左右を帝釈天インドラ梵天ブラフマンが固め、地上へと戻っていきました。


次に摩耶夫人が登場するのは、仏陀入滅直前です。


息子の命が危ういと感じ取った摩耶夫人は、天上界より霊薬の瓶を投げ、これを救おうとします。


薬を使う事を“投与”と言いますが、その元ネタはこれです。


そう、摩耶夫人が仏陀の命を救うため、“薬を投げ与えた”という話が“投与”の語源なんですよね。


薬などというデリケートな物に、なぜ“投げる”などと荒い言葉が用いられているのか。それは本当に投げたからなんですよね、息子の危機に際して、その母親が。


だが、母親の願い虚しく、薬の瓶が仏陀の側にあった沙羅双樹の枝に引っかかってしまいました。



摩耶「ああ、何ということでしょうか! 誰か助けて!」


毘沙門天「お呼びとあれば即参上! 毘沙門天、こちらに!」


摩耶「枝に引っかかっている薬の瓶、何とかしてください!」


毘沙門天「お任せあれ! 行け、我が使い魔よ!」


鼠「チュー!」



そう、毘沙門天の使い魔は、“鼠”なんですよね。


ちなみに、毘沙門天の基本装備は、右手に三叉戟もしくは宝棒を持ち、左手には宝塔、さらに使い魔として鼠を侍らせています。


着ている鎧は“皮鎧”です。皮装備かよと思われるかもしれませんが、呼ばれたら即駆け付けれるようにと、軽装備なんだそうです。


毘沙門天は軽装槍兵というわけです。


そして、毘沙門天より転送された鼠は枝に引っかかっている瓶を動かそうとしますが、そこでアクシデント発生!


なんと、猫が鼠を食べてしまったのです。



摩耶 & 毘沙門天「ああ! 猫のバカ! 仏陀が死んじゃう!」



かくして、母の投げた薬は息子には届かず、仏陀は涅槃入滅してしまいます。


そして、二人の怒りを買った“猫”は呪いをかけられてしまいます。


その呪いとは、“涅槃に立ち入れない”という呪いです。


ありとあらゆる動物が仏陀の涅槃入滅に立ち会う中、なぜか“猫”だけがそこにはいません。


涅槃図を眺めてみても、動物が沢山描かれているにもかかわらず、なぜか“猫”だけがいないのはこのためです。


物のついでに語っておきますが、神戸にある『摩耶山』はもちろん摩耶夫人が由来です。


この山に空海上人が来訪し、そこに摩耶夫人の像を捧げたのが始まりとされ、それ以降その山は『摩耶山天上寺』となりました。


摩耶夫人を本尊に据えたお寺は、日本広しと言えどもここだけです。


摩耶夫人は『安産・子育ての守護仏』として祀られています。


神戸にお出かけの際は是非どうぞ。忉利天とうりてん、拝めるかも!



悟りをプレゼント♪>( -ω-)人  (´・ω・` ) <肩叩き券でええよ……

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