第3話 手負いの獣


 頑なに誘いを断るミコトに陽炎ようえんは搦め手に出る事にした。

「でも貴方、猪相手に真剣を使おうとしたでしょう? それは己の理に反するのではなくて?」

「む、命まで奪う気はなかった」

「知ってる? 手負いの獣ほど凶暴になるのよ? それに肉を食べた事がないなんて言わせない、それを自分が殺してないからとするのは卑怯よね」

 沈黙するミコト、陽炎は言い負かした! と思った。

 しかし、元の目的を忘れていた。

 ミコトを手に入れるのが目的であって、議論に勝つ事が目的ではなかったからだ。

 彼は押し黙るとふと顔を上げる。

「お前の言う通りだ……龍種の君、おかげで少し自分を見つめ直すきっかけになりそうだ」

 そう言って、その場を去ろうとするミコト。陽炎は思わずそれを見送ろうとして引き留める。

「む、なんだ?」

「いやいやいや、私の話に納得したなら、私の婚約者になるべきでしょう!?」

「なぜそうなる、それとこれとは別問題だ」

 頑なにもほどがある。これが人間の男子か? 目の前に絶世の美女がいるというのに、そんな彼女に求められているというのに、見向きもしないとは。

「もー! なにが不満なのよ!」

「不満などない、いや全くないわけではないが……不満ではなく不都合なだけだ」

「それを不満って言うのよ!」

 ああ言えばこう言うとはこの事だ。水掛け論にしかならない二人。とつと凸がぶつかり反発する。そんな二人の下に突然、が集まって来た。

 正確には二人の下ではない、大猪の死体に、だ。

「ッ! 禍津マガツ!」

「やば、お祓いすんの忘れてた……」

「クソッ、真剣さえあれば……」

「……ねぇミコト、剣さえあれば戦える?」

 初めてここで二人の利害は一致した。

 ミコトは深く頷くと大猪禍津の前に立った。

「どうすればいい!」

「受け取りなさい、これこそ――」


――神剣、逆鱗さかさうろこ


 とてもとても美しい刃をしたつるぎだった。

 その赤は血より赤く、脈動する色は鮮烈で。

 そのを手に取ると、熱さを感じ取った。

 この刀は生きている。

 そう思ったミコトは丁寧に握り込む。

「いくぞ、禍津、その汚れ、俺が祓ってくれる!」

「私達が、でしょ」

 一閃。

 剣筋は人の目に捉えることが出来ず。

 大猪禍津も反応する事が出来なかった。

 瘴気しょうきが晴れていく、世界は明るくなり、森に木漏れ日が射す。

 神剣逆鱗は消えていた。

 振り返ると倒れている陽炎の姿。

 ミコトは思わず駆け寄る。

「大丈夫よ……ちょっと疲れただけ」

「そうか……ちょっと動くなよっと」

「わわっ」

 陽炎を背負うミコト。

「礼をしなくてはな、うちまで運ぶ」

「えっえっえっ」

 急展開についていけなくなる陽炎。

 自分から仕掛けた事なのに、だ。

 乙女とはかくも純情なりや?

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龍種の姫 亜未田久志 @abky-6102

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