第2話 龍宮より


 龍宮という場所がある。

 正確に言えば、場所ではない。

 概念的、いや、観念的とでも言うべきか。

 とにかくそこは世界。

 龍の血族はそこに引きこもっていた。

 世俗が繁栄するにつれ、龍の血族のは上がっていった。

 それがよくなかった。

 龍の血族を戦争に利用しようと画策する人間たちが現れたのだ。

 それゆえに龍の血族は龍宮に身を隠した。

 それから五百年程、経ったある日。

 とある少女が龍宮を抜け出した。

 その名を陽炎ようえん

 龍族の姫に当たる存在だった。

 お転婆な彼女は王国外れの村に降りると。

 とある少年と出会った。

 大猪に襲われ、無様に転び、それでも、生を諦めないまなこ

 それに――彼女は一目を奪われた。

 生きようとしている人間はかくも美しい魂をしているのか、と。

 龍の血族は、人の魂を可視化出来る。

 復讐の血に塗れたその魂は、それでもなお気高くあった。

 それに彼女は見惚れていた。

 しかし、それではいけないと、大猪を蹴り飛ばして窮地を救い、その少年――ミコト――にこう言った。

「私の婚約者になる気はない?」

 それは端的に言えば告白だった。

 まるで世間話のように放たれた言葉に、ミコトは呆気にとられる。

「えっと、それはどういう……」

 意味を分かりかねている、と言った感じ。

 煮え切らない態度に、短期な陽炎は怒気を孕んだ声で言葉を放つ。

「私があんたの事を気に入ったって言ってんの!」

「でも、俺は」

「龍種に逆らう気?」

 力に物を言わせて従わせようとする。

 しかし、真っ直ぐ曇り無き眼でミコトは陽炎を見つめる。

「俺は禍津マガツを討つためだけに生きている。それ以外の事は出来ない」

 その言葉を聞いて、魂に刻まれた汚れの正体に気付く。

「へぇ、あんた親を禍津に殺されたんだ? じゃあこういうのはどう? あんたの禍津狩り、私が手伝ってあげる、それなら婚約者になる利があるでしょう?」

 どうしてこの少年にそこまで執着するのか陽炎自身分からなかった。

 だけど、この子の眼を見ると気が気でなくなった。

 それは、恋慕からか、憧憬からか、保護欲からか。

 分からなかったが、ただこのまま放っておくという選択肢は陽炎にはなかった。

「……本当に、力を貸してくれるのか?」

「ええ、婚約者になるならね」

 しばし考えたあと、ミコトは答えを出した。

 重々しく口を開く。

「断る」

 頭の中が疑問符でいっぱいになった。

 どうして? これほど理想的な提案などないはずだ。

「復讐は己の手でやってこそ意味がある」

 そんな前時代的な考え方に賛同しかねた。

 陽炎は汗を浮かべながらしどろもどろに話す。

「でも、ほら、禍津って強いし、私はほら、手を貸すだけだし」

「それでも、だ、これは俺の決めた道だから、誰かを巻き込むわけにはいかない」

 そこでようやく少年の気高さの理由に気が付いた。

 この少年は孤高であり、自分より他人を優先する心根を持っているのだと。

 そんな彼を陽炎はますますなってしまうのだった。

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