龍種の姫

亜未田久志

第1話 龍種の血族


――昔々、あるところに、龍の血を継ぐ人々がいました。天災すら操る偉大な種族。それは人の文明が発展するにつれ、世俗を離れていきました。


 そんな御伽噺が語り継がれて早数百年経った現在、大陸の王国は栄えに栄えていた。

 そんな王国の外れの村に一人の青年がいた。

「今日も刀稽古か、ミコト

 命と呼ばれた青年は黙って木刀を振り続ける。

「猪野郎が」

 そう別の青年に吐き捨てられてその場を去られる。

 命はただ木刀を振っていた。


――お前は畑仕事をやっていればいいんだ!


「ふぅ」


 そう命に言った親は禍津マガツに殺された。

 禍津とは天災の具現化、悪意の象徴。

 かつて御伽噺の時代、龍種が抑えていたという呪い。

 それに抗うために剣を振るう。

 親の仇討ち、そのためだけに生きる。

 それが命の在り方だった。

 村人の誰の心配も受け入れない。

 ただ前に向かって剣を振るのみ。

 そんなある日、命が山に山菜を取りに行った日のこと。

 それそれは巨大な猪が目の前に現れた。


――しまった、真剣を忘れた!?


 猪を前に逃げる選択肢を取ろうとする。

 しかし足はもつれ、派手に転ぶ。

 泥まみれになった顔で、とても美しい者を見た。

 赤い赤い着物に身を包んだ、これまた赤い赤い髪の女性。

 頭から一対の角を生やし、目は石竜子のそれに似ていた。

 着物からすらっとした足をのぞかせると。

 ただ蹴りを大猪に見舞った。

 するとそれだけで、猪は派手に吹き飛び、木の幹をなぎ倒し進み、倒れ込み、絶命した。

「陽炎ちゃん蹴り、見事決まりぃ」

「……は?」

「ん」

「え?」

 何かを促す女性、青年はおずおずと近づく。

「お礼は」

「あっ、はい、ありがとうございました」

「よろしい、私は陽炎ようえん、見ての通り、龍種よ」

 ……見ての通りと言われても。

 いや見ての通りなのだが。

 龍種、かつては国家さえ揺るがしたとされる、最強の部族。

 その潜在仙力は山一つを吹き飛ばして余りある。

 そしてその膂力は、熊百頭を相手にしても、余裕がある。

 そんな御伽噺の人。

「龍種が、なぜ、こんな村に」

「こんな村だからこそよ、王国なんて出たら何されるか分からないもの」

 それはそうだ。

 龍種が如何に貴重な存在か、王国のがよく知っている。

 ならば彼女はお忍びで人里に降りて来た興味本位の気まぐれ……といったところだろうか。

 相手に困っていると陽炎から声がかかった。

「あんた名前は?」

「命」

「ミコトね、ミコト、私の婚約者になる気はない?」


――は?


 剣を振るうしか能のない青年、役立たずの青年に。

 国の、運命を変える決断が迫られていた。

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