第23話 少年とナーノスのチップル


 リオン達が開口部から暗闇を歩いて行くと、壁面に魔灯が設置してあるのが見える。


「船もあるわね……ここから先は慎重に行くわよ」


 通路の先に大きな帆船が係留してあるのが確認できる。

 3人は息を殺し、さらに奥へと進んでいく。



「やっぱり何かあったのかしら? 気配がないわね……」


 しばらく進み、大きく開けた部屋にでるも、人の気配が感じられない。

 

「待って!! 何かいるっ!」


 少し気を抜いたマキナが部屋の奥へ向かうのをミリアが止める。

 よく見ると、壁際に倒れている人間を発見する。


「……寝てる?」


 床に寝転んだまま動かない人間に警戒しながら近づくと、微かに寝息が聞こえてくる。

 風貌は如何にもなチンピラ風であり、深酒でもして寝ている可能性が高いのだが……


「不自然ね」


 パッと見渡した限り、テーブルの上に酒らしき物もなく寝ているのはテーブルの近くでもない壁際。

 まるで突然の睡魔に抗えなかったような……


 出来るだけ音を出さないように更に奥も調べてみようと進み、簡素な木製の扉が開け放たれた部屋を見つける。


「あん? 何かいるぞ?」


「子供?」


 扉の向こう、部屋の奥で何やらゴソゴソと動いている人影を見つける。

 警戒しながらも、つい口から声が漏れる。

 何故ならこんな場所に子供が居るとは思わなかったからだ。

 大人の半分ほどの背丈の人影がこちらに気付く──


「あれれ〜? お姉さん達だあれ? 海賊……には見えないなぁ」


「おい、こんな所で何してやがる?」


「あはは。僕はねぇここに捕まってたんだぁ。でもさ、なんだか皆んな寝ちゃたからさぁ、今のうちに逃げようと思って。あっ、これは元々僕の荷物だよぉ」


 子供は愛想良く話しながら手に持つ袋に楽器やら何やら品物を突っ込んでいく。

 亜麻色の髪に緑色のキャスケットを被り直してニカッと笑う。


「ねぇ、他にも捕まってた人とかいないの?」


「あー……あっちに牢屋があるよぉ。それと、あっちの部屋には10人ぐらい押し込められてたよ」


 少し考える素振りをしてから、指差して牢の場所を教えると何気なくリオンの隣を通り過ぎて行く。


「あはは。何かなぁ?」


「どこ行くつもりだよ?」


 通り過ぎようとする子供の腕をリオンが掴んで捕まえる。


「あははっ、やだなぁ帰るに決まってるじゃんかぁ」


「バァカ、明らかに怪しい奴を帰すわけねーだろ」


「リオン、相手は子供よ。誘拐されただけかもよ」


「はぁ? コイツ子供じゃねーぞ?」


「えっ? 何言って……」


 ミリアは子供相手に粗暴に振る舞うリオンを注意するも、リオンの言葉に良く良く観察すると人間よりか幾分尖った耳が目に入る。


「あはっ? お兄さん頭悪そうなのに鋭いねぇ? 僕はチップル。ナーノスだよ」


「あん? 口が悪りぃ奴だな!」


「あはは、お互い様だよぉ」


 クスクス笑いながら、簡単に自己紹介を済ませるチップルにリオンが青筋を浮かべ凄むが、傍から見ると子供相手に本気で怒る残念の人物にしか見えなかった。


「コラコラ、やめなさい。それよりもチップル……君? さん?」


「お姉さんかわいいねぇ。僕の事はチップルでいいよぉ」


 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべる。


「ふふっ、ありがとう。チップルはナーノスって事は……この状況、アナタがやったのね?」


 ナーノスという種族が歌が得意で呪歌を扱える者もいるのは冒険者ならば知っている者も多い。さらに荷物に楽器まであるならば職業として吟遊詩人ミンストレルを修めている可能性が高い。


 ミリアの指摘にニコニコしていたチップルは顔を顰め、苦笑いに変わる。


 



☆☆☆☆☆



「えぇ!? "蒼鯱"のオルカが牢に捕まっているの? じゃあ今ここにいる人達はなんなの?」


「さぁ? でも、あそこの奥にいる10人ぐらいの人達はオルカ兄さんの仲間だと思うなぁ。囚われてるって言ってたし」


 チップルから簡単な説明を受けた一行は、現在寝ている男達をとりあえず縄で縛っておく事にする。


「そんで、そのオルカってのが連絡の取れなくなったって言う海賊じゃなかったっけ?」


「そうよ。"蒼鯱"のオルカって言ったら結構有名な海賊よ、知らないの?」


「生憎、内陸で育ったもんでよ。海賊にはちっとも興味無かったよ」


「あはは、じゃあ僕はそろそろ帰っていいかなぁ? ご飯の時間なんだぁ……」


 チップルはリオンとミリアの会話に割り込むとお腹を押さえて悲しそうな表情を作る。

 ただでさえ愛らしい顔立ちのナーノスが意識して表情を作れば大抵の人間は好意的に動いてくれるものだった。


「あん? 腹減ってんならその辺の岩にくっついてる謎生物でも食べてろ」


 ただし、リオンの様に子供に厳しい人間もいる。


「ごめんねぇ、一旦オルカを起こしたらこの洞窟から出るからそれまで待ってね。アナタにもまだ聞きたい事があるし」


「む〜」


 チップルはナーノスの武器が通用しない事に不満気に頬を膨らますが、大人しく指示には従うようだ。



☆☆☆☆☆



「んがっ!? ん〜? なんだぁ?」


「ようやく起きやがったか」


 リオンが牢で高鼾をかいて寝入っているオルカを起こす。


「誰だぁ? テメーらは? んっ? おいっ! テメーッ!」


 ようやく目の焦点のあったオルカが辺りを見渡すと苦笑いん浮かべるチップルを見つけ怒りの形相になる。


「あははっ。た、助けに来たんだよぉ」


「ヨーカスのファーンさんに頼まれて様子を見に来たんです。この状況は?」


 チップルは精一杯の笑顔で調子の良い事を言う。

 オルカはチップルに鋭い視線を向けるが続くミリアの言葉にチップルへの追及はやめたようだ。


「ちっ、アイツら鼻っからここを根城にする予定だったみてーでよ。不意打ちを喰らっちまった……相手にはヴェルテッロがいやがる。それと、やけにすばしっこい剣士だ。人質を取られちまってよ。不甲斐ない……」


「ヴェルテッロ? ヴェルテッロ……」


 オルカが悔しそうに歯噛みしながら捕まった経緯を語る。

 ミリアは出てきた名前にどこか聞き覚えがある気がして、記憶を辿る……


「でよー、ヴェルテッロってのは誰だよ?」


「ヴェルテッロは海賊だ。他国のだがな……そんであの女……王都で見た事ある。なんで連んでるのか知らねーが……アイツはたしかコートニー商会の奴だ」


「海賊……ヴェルテッロ……っ!? "バブルマン"!!」


 どうやらオルカは相手に心当たりがあるようだった。

 そしてミリアはオルカの言葉に海賊ヴェルテッロの二つ名を思い出していた。

 



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