第22話 少年と歌う小人
ヨーカスの港湾部を海岸沿いに東から北へ回り込んでいくと複雑な地形の沿岸部には断崖絶壁の岬、切り込んだ入り江、ゴツゴツした岩場が延々とつづく海岸線。
その歩き辛い岩場を行くと、一部岸壁をくり抜いた様な洞窟が姿を現す。
二隻程の船ならば進入できるほど大きく口を開けた入り口は、本来なら海側から船で進入する洞窟だ。
そこに3人の人影が姿を見せる──
「おいっ、なんで俺がおんぶまでしなきゃいけねーんだ!」
「こんな足場悪い所アタシが歩くより早いでしょ?」
「いや……そもそも上で待ってろよ」
「何言ってんのよ、きっとアタシの知識や魔術が必要な時がくるわよ。それにこんな美少女をおんぶ出来て役得でしょ!」
「いんや、重いだけなんだが……」
「重いとかいうなっ!?」
リオンとミリアとマキナの3人は陸上からゴツゴツした岩場を降りて洞窟に向かっていた。
あまりの足場の悪さに途中からマキナはリオンに背負われている。
リオンとミリアは身体能力を上昇させるパッシブスキルがあるため、これくらいの足場なら難なく進めるが、いくら剣士としても修練を積んでいたとはいえマキナの身体能力は普通の女の子に毛が生えた程度だ。
散々に悪態を吐きながらも、リオンは背に感じる柔らかさに満更でもないようだ。
「あったわ。あの洞窟ね」
先行していたミリアが洞窟を見つける。
洞窟の内部は真っ暗で先が見えなくなっているが、洞窟の開口部の壁際には人工的に設置された木製の通路が続いており、ここに何らかの施設がある可能性を示している。
リオンは名残惜しそうにマキナを背から下ろし、3人はゆっくりと洞窟内へと歩を進めていく。
☆☆☆☆☆
"蒼鯱"オルカ・イェールの海賊団、イェール海賊団が根城にしている、洞窟の内部。
天然の洞穴に多少の手を加えて、船員約20名ほどが生活出来るようになっている。
洞窟内は船の係留場以外はいくつかの部屋に分かれていて、船長であるオルカの個人部屋以外は共同の空間になっている。
いくつかの寝所に炊飯場、宴会場や倉庫などがあり、捕虜を入れておく為の牢もある。
その牢の中では、目の覚めるような蒼髪を頭に巻いたバンダナの下から覗かせている男がいる。
顔には無精髭が伸びてきており、浅黒く陽に焼けた肌と相まって粗野な風貌に見える。
決して寝心地の良くなさそうなゴザの上で寝転ぶ男の横には、10才ぐらいの子供のような見た目の男の子が、興味深そうに寝そべる男に質問を投げかけている。
「ねぇねぇ、お兄さんさぁ蒼鯱のオルマだよねぇ?」
「……オルカだ」
「あははっ、ごめんよぉ。間違えちった。あはは。ここってさぁ、お兄さんの
寝そべる男は"蒼鯱"として、若くしてここらの海賊をまとめている男だった。
それが、自らの根城にしている洞窟の牢に閉じ込められている。
それも、1人でだ。
「オルダ兄さんならさぁ、こんな牢屋簡単に破れるんじゃないのさ?」
「オルカだ。次間違えたら引っ叩くぞ!」
「あっははぁ。また間違えちった。だってさぁ、あんまりにも噂に聞く"蒼鯱"とイメージが違うもんだからさぁ? もしかしたら似た名前の別人かもってさぁ」
少年は悪びれもせずに、あははと軽快に笑い飛ばす。
「……ちっ、それよりなんでテメーみてぇなガキがこんなとこにいるんだよ?」
「ガキ? あっ! 僕のことかぁ。あははっ、そうだよねぇ。こう見えてもとっくに成人してるんだよぉ。でも人間からみると子供に見えるよねぇ」
最初、誰の事をガキと言っているのか、わからなかった少年は自分はとっくに成人していると言う。
それを聞いたオルカは初めてよくよく少年を観察すると、確かに耳が少しとんがっている。
人間の耳がほんの少し長くなったぐらいだが。
「……ナーノスか?」
ナーノスとは成人しても、見た目は人間族の子供ぐらいの大きさの種族である。
男性をナーノス、女性をナーナとも呼ぶ。
耳が多少尖っているので人間の子供と見分けをつける事ができる。
手先が器用で、精霊に愛されており、歌や音楽、絵などの芸術と自由を愛する種族だ。
好奇心が強く、楽天家で享楽的。その為子孫も多いが早逝する者も多い。
「そうだよ。僕はチップルって言うんだ。なんだか怪しい人達を観察してたらさぁ、捕まっちゃったんだぁ。あはは」
チップルは緊張感のカケラもなく笑っており、その姿は唯の無邪気な子供にしか見えない。
「オルカ兄さんもアイツらに捕まったのかい? でもさぁ、なんで逃げ出さないのさ?」
「……ちっ、仲間が別の場所に囚われてんだよ。俺が暴れたら殺すってよ」
「なーるる〜じゃあ、出ようと思えば出れるんだねぇ。良かった良かった」
「あぁ? 聞いてねぇのか? 俺が出たら仲間が殺されんだよ!」
「あははっ、だからさぁそうなってもいいって思ったり、もしくはさぁ……既に死んじゃってたら問題ないよねっ」
「──っつ! 引っ叩くぞ!」
「あははっ、ごめんよぉ。でもさぁ僕はもう飽きてきたんだよぅ。だってここってさぁ本当に何にもないんだもん。ワクワクしてついて来たのに損したなぁ」
あははっ、と笑ってばかりのチップルに何か薄気味悪い物を感じたオルカはチップルに背を向けて目を瞑る。
──アイツらが既に死んでる? ありえねぇ……もしそんな事してやがったら……
そこにコツコツと足音が近づいてくる──
「おい、飯の時間だ」
スキンヘッドのいかにも、ならず者といった風貌の見張りの男が鉄格子の隙間から木製の食器に入った質素な食事を差し入れる。
「わぁい、ご飯だぁ……えっ? これ、ごはん?」
「おいっ! アイツらは無事なんだろなあ?」
差し出された食事に一瞬喜色の声を上げるも、内容を見た瞬間にチップルの瞳からハイライトが消える
オルカは人質にされている船員が気になるのか食事には目もくれず、スキンヘッドの男に訊くが……
「あん? 無事だ、無事。だから大人しくしてろよ」
「おい! アイツらに一回会わせろっ!」
オルカが鉄格子にかじりつき叫ぶが、スキンヘッドの男は手をヒラヒラと振るだけで取り合わずに去ろうとする
「おいっ!……」
「"眠れ、眠れ、幼子よ〜夜の帷が降りたなら……夜だ、夜だよ、かわいい我が子……微睡みの鱗粉、真珠の王冠、亡霊達の穴蔵に深く落ち込むように…… 眠れ、眠れ、幼子よ〜寝ないとエル・ロゥボがやってくる……夜だ、夜だよ、愛しい我が子……妖精のはね、潮騒に抱かれ、窓の外にぼんやりと顔が浮かぶ……"」
スキンヘッドの男を引き留めようとオルカが叫ぶと、不意に歌が聴こえてくる。
子供の声で、軽やかに、朗々と……
オルカが振り返れば、やはり歌っていたのはチップルであり何の伴奏も無い中でも、聴き入ってしまうような不思議な魔力がある……
ナーノスやナーナは歌や音楽をこよなく愛する種族であり、
職業として吟遊詩人を修めている者の中には歌声に魔力を乗せる、呪歌や聖歌を歌える者も居る。
今、まさにチップルが歌っているのが"極夜の
「くっ、お前ぇ……」
オルカは少し抵抗したが抗えず、強烈な睡魔が襲ってくる。スキンヘッドの男や歌が聴こえる範囲にいた見張り達はその場ですぐさま眠りに落ちたようだった。
「ごめんねぇ、オルカ兄さん。僕さぁ、もうここに飽きちゃったんだよねぇ」
鉄格子の近くで眠りに落ちたスキンヘッドの男から鍵を手に入れると牢の鍵を開けて外に出る──
「ドアは開けといてあげるからさぁ、許してねぇ。あははっ」
そう言って小さな舌をチロリと出すと、脱走者とは思えない散歩でもするかのような足取りでチップルは去って行く。
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