第21話 少年と風の少女

 青い髪の毛を風に揺らしながら海岸から突き出す高台の岬に佇む少女。


 ──昨日は白髪の変な人のせいで跳べなかった──


 少女──ユナはある制約を受けており、自害する事などを禁じられている。

 彼女が受けている制約は大きく3つ


 1つ、主人の命令に逆らう事を禁じる。


 1つ、自傷、自害する事を禁じる。


 1つ、主人から逃亡する事を禁じる。


 

 ユナは空虚な瞳で自分の両手を見つめる。

 

 ──罪悪感や忌避感もだんだん薄れてきた……


 感情が少しずつ殺されいく……哀しみも苦しみも感じなくなれば喜びも楽しみも消えていく……


 ──久しぶりに笑えた……


 自分にはもう人並みの幸せは訪れない……


 望んでもいけない……そう思っているのに……


 久しぶりに感じた、感情の起伏を振り払うように──


 頭をよぎった未来を捨て去るように──


 走り出した少女は岬の先端から海へ跳ぶ


 緩やかな放物線を描き、中空へ飛び出すと直ぐに重力に引かれるように落ちていく……


 けれども突風が吹き、真下からの上昇気流が少女を掬い上げるように勢いを殺す


 普通ならば叩きつけられる海面も、フワリと降り立つ少女を優しく包み込む


 風は決して少女を傷付ける事はなく、優しく吹き付けるし、海も少女を決して溺れさせる事はない。


 それが少女ユナのユニークタレント


 【海神ワダツミ風神シナトの愛し子】だ。


 少女は死にたいと願っても死ねないのは分かっていたから、これは自死を図った訳ではなく、自分が忌み嫌う仕事の後に優しい風と海に抱かれたくて行っていたのだ。


 ──この街に来て二週間……大きな仕事もこなした……そろそろ次の街かな……


 制約により自害の出来ない少女が高所から飛べるのは、決して死ねないからだ。たとえ少女がそれを望んでいても……



 ──もしも……また会えたなら……過去を変えたいなんて贅沢は言わない……ただ、もう一度笑わせて……


 少女は海辺に座り、星空に願う訳でもなく想いを馳せる──



「いよう。今日は飛び込まないのか?」


 振り返ればそこに、照れ臭そうにそっぽを向く白髪の少年がいた。


 


☆☆☆☆☆




「ブフォッ!? ハァハァハァ……」


 息苦しさに耐えかね、強制的に覚醒させられる。リオンが飛び起きると、ニヤニヤしながら立っているマキナが見える──


「おぉ、起きた起きた」


「ゲホッゲホッ……な、何しやがった!?」


「濡れタオルを顔にかけただけよ。クライムさんに教えてもらったのよ、すぐ起きるって」


「バカかっ!? 危うく死ぬところだろっ!!」


 見ればリオンの寝ている近くに濡れたタオルが落ちている。

 濡れたタオルや濡れたティッシュを寝ている顔に被せれば窒息する危険があるが、拘束されているでもなければ苦しさに耐えかね手で払いのけるなり起き上がったりで死ぬ迄は行かないだろう。


「いつまで、寝てるのよ。ほら朝ごはん行くわよ」




「おはようございます、リオン様」


「おはよう、リオン」


 食堂に行くとミリアが席に座っていて、クライムが給仕をしている所だった。

 大きいテーブルには3人分の食器が並べられ、それぞれの席には給仕係が待機している。


「おはよう、朝から殺されそうになったぜ! クライムさんコイツに変なこと教えないでくれよ」


「ハハハ、それは失礼しました。なるべく苦しい起こし方を教えて欲しいと言われたもので」


「早く起きて来ないのが悪いのよ」


 クライムは困ったように苦笑いをするが、マキナは悪びれもしない。


 リオンとマキナが椅子に近づけば使用人により椅子が引かれ、給仕が開始される。

 朝から数種類の前菜、パン、マフィン、スコーン等、更に肉料理、魚料理、スープ、デザート迄付いていて豪勢なのだが、リオンにしてみればこういったもてなしは慣れておらず、屋敷での食事は居心地の悪さが勝っていた。


 3人が朝食を摂っていると、頃合いを見てクライムが口を開く。


「皆様、お食事中失礼致します。明後日には旦那様も此方へお越しになるそうです」


 クライムの言う旦那様とは、もちろんカイン・バートラム。現バートラム家当主であり、ミリアの実の兄。

 そしてバートラム商会の会長でもある。


「カイン兄さんがくるの?」


「ええ、なんでも仕事が早く片付いたとかで」


「仕事が早く片付く?」


 ミリアは少し疑問に思う、仕事が早く片付いたなら新たな仕事を始めるのがカインの性格だからだ。

 しかし、最近はミリアに対する過保護を隠そうともしなくなった為、単純にミリアに会いたいだけかも知れないが……




☆☆☆☆☆



 本日も聴き込みをしようと、一行はまずはヨーカスの冒険者ギルドに立ち寄ると、ギルドの職員がミリアに話しかけてくる。


「緋金級冒険者のミリア様ですね? 実は指名依頼が入ってまして……」


「指名依頼? 待って、私は仕事で来ているし、受けるつもりはないわ」


「いえ、街の自治会長からの依頼でして、先ずはお話を。なんでも其方の仕事と無関係ではないそうです」


「無関係ではない?」


 訝しむミリアに対してギルド職員はにこやかに笑い、こちらへどうぞ、と奥の部屋へと案内を始める。


 既に冒険者ギルドの奥にある応接室に入っているということは、ミリア達が今日ここへ来ると分かっていたのだろうか。


「失礼します」


「どうぞ」


 ギルド職員がコンコンとノックし、ドアを開ける。

 広い応接室には大きなテーブルと何脚かの座り心地の良さそうな椅子が置いてある。

 

 そのうちの一脚に座る男性がゆっくりと立ち上がる。


「初めまして、わざわざお越し頂きありがとうございます。私、自治会長をしていますファーンと申します」


「初めまして、ミリア・バートラムです。話しと言うのは?」


 人の良さそうな顔をした60代に見える男性は真っ白になった頭髪をオールバックになでつけている。年齢のわりに発達した筋肉は白いシャツをはち切れんばかりに変形させている。


「実は協力してくれている海賊の"蒼鯱"オルカ・イェールと連絡が取れなくなりまして。ミリアさんも既にご存知かと思いますが、黒い雲の海賊船の調査を頼んでいたのです」


 ファーンは一度そこで区切ると、カバンから1枚の地図を取り出す。


「オルカの根城にしていた洞窟はここに有ります。一度見てきて頂けませんか? もしかしたら犯人の手掛かりも見つかるかも知れませんよ」


 ファーンは地図の一部を指差し、そこに洞窟を改装した海賊のアジトがあるのだという。


「……わかりました。そういう事なら、一度確認して来ましょう」


 手掛かりの見つからないミリアは少しでも手掛かりを探るべく、ファーンの提案を受け入れるのだった。




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