第19話 少年と明日を憂う少女

 魔光列車が一度大きな警笛を鳴らして港町ヨーカスの駅へと入線してくる。

 魔光列車はまだ数区間しか開通していない比較的新しい交通機関でありチケットはまだまだ高額な為、一般庶民には気軽に使える交通手段ではなかった。

 それでも、裕福層や一般的な所得層でも偶の旅行などに使えるぐらいには値下がってきていた。


 港町ヨーカスは新鮮な海の幸と温暖な気候でリゾート施設や別荘地としても人気の高い街だ。

 その為、ヨーカスの駅は中々に人でごった返していた。


「お待ちしておりました、ミリアお嬢様」


 下車した一行に声を掛けて来たのは、壮年の紳士然とした男性だ。


「私、旦那様よりヨーカスでのミリアお嬢様のお世話を仰せつかったクライムと申します。お屋敷へご案内させていただきます」


「ありがとう、よろしくお願いね。こっちの2人も一緒にいいかしら?」


「もちろんでございます。ではこちらへ」


 クライムと名乗った男性は慇懃に挨拶をすると一行をバートラム家が所有するヨーカスの別邸へと案内をしてくれた。



☆☆☆☆☆


「何かございましたら遠慮なくお呼び下さい。ではごゆっくりとお過ごしくださいませ」


 屋敷へ着いた一行は応接室へ通され、屋敷内の簡単な説明をうけた。部屋は3人とも別々に使える程余っており、今は夕食を待っている所だ。


「しっかしスゲーな!! あのシスコン兄貴なんかヤバイ事してんじゃねーか?」


「人の兄を犯罪者扱いしないで貰いたいわ」


 広い屋敷に豪華な内装、更に別邸にまで使用人を複数人配置しておけるのは景気がいいからだろう。

 リオンは思った事をすぐに口に出してしまう……短慮軽率過ぎる所がある。

 素直と言えば長所とも言えるが、生来の口の悪さも相まってやはり短所でしかない。


 夕食の時間迄は各々自由に過ごして、本格的な情報収集は明日からする事になった。


 その夜。リオンは普段、塒に使っている安アパートとは違い上質なベッドは柔らかすぎて目が冴えてしまっていた。


「ちっ、寝付けねーな……」


 夜のヨーカスを散歩する事にしたリオンは、早速海の方まで歩いていく。


 港湾施設は半壊しているが、海水浴場などは問題なく、綺麗に整えられている。


 満天の星と月明かりに照らされる海、ロマンチックなシチュエーションだが、リオンは1人のそのそと歩いている。


 すると、海水浴場として開放されている浴場の端にある岬から今にも飛び降りそうな人影を発見する。


 リオンは駆け出しながら【魔狼の王】を発動。夜の闇に溶け込むように走りながら、間一髪手を伸ばす──


 ギリギリ──岬から身を乗り出すようにして伸ばした手は、身を投げた少女を捕まえる。


 月の光に照らされ輝く、艶のある青いショートカット。まだ幼さの残る顔立ちは中性的にも見えるが、女性らしい膨らみも見て取れる。


「ばっか! 何してやがるッ!?」


 リオンが力いっぱい引っ張り上げるも、少女は醒めた表情でリオンを眺めるばかり。


「……必要なかった。どうせ死ねない……」


 短くそう言うと少女はリオンに背を向け去っていく。

 

「おーい、頼まれた訳じゃねーが、助けた礼も無しか?」


「……むしろ迷惑。余計なお世話。もう明日なんて来なくていいの……」


 立ち止まり顔だけで振り向いた少女は無表情に言葉を紡ぐ。


「ハッ、どんなに明日を嫌ってたって朝は勝手にやってくんだろ?」


「そうよ。だからもう終わりにしたいの……アナタが偶々、今日助けてくれても、私はまた明日も死を探すわ」


「諦めわるいんだな。ははっ、俺も一緒だ。諦め悪いんだ。だから何度だって助けてやるよ。こんな可愛い女の子が死のうとしてたら勝手に身体が助けちまう。だからさ──諦めな? 踠くのを諦めるんじゃなくて、死ぬ事を諦めんだよ」


「……変な人。どうしたらそんな臭いセリフ言えるの?」


 そう言った少女は少しだけ笑っているように見えた。


「ハンッ。臭いセリフを言うコツはな、少しも恥ずかしがらないって事と……って、おい!?」


 また歩き始め、去ろうとする少女に向かって声を掛ける。


「大丈夫……くだらな過ぎて今日は死ぬ気も無くなったわ」


「今日は……ね」


 去っていく少女の後ろ姿を見ながら、リオンは呟く。


 ──もしかしたら明日以降も、また来るかもしんねぇなぁ……


 

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