星に願いを
第18話 プロローグ
港町ヨーカス。魔光列車に乗ればメルキドから1日で着く。漁業と交易の街だ。
風光明媚で知られ、温暖な気候も相まってリゾート施設も造られている人気のエリアである。
深夜、南部の海街特有の湿った風がまとわりつくように吹きつける──
港で働くバルカスは交易から帰って来た船から荷物を下ろしていた。
「よぉ、知ってるか? この荷物はよなんでも西の大陸から運んで来たらしいぜ? バートラム商会が王都で売り捌くんだとよ」
「あぁ、なんだか景気が良いみてーだな、あの商会は。まぁ俺達には関係ねーわな」
荷下ろしをして、コンテナに詰める。それがバルカス達の仕事だ。
いつもの仕事仲間と益体の無い会話を交わしつつ要領良く荷物を下ろしていく。
厚い雲が月を隠すようにかかる。闇がいつもより深い気がする──
不意に訪れた闇にバルカスは空を見上げると足元の段差でつまづいてしまう。
「おっとっ!?」
バルカスが隠れた月を恨めしげに睨むとモクモクとした黒い雲が係留施設内に入ってくる。
「あん? なんだありゃあ?」
気付いたバルカスが声を上げると、他にも気づいた者がいたらしく、作業員達がざわざわと騒がしくなる。
「ありゃあ……船だ……」
誰が言ったか定かではないが、その声が聞こえてきた直後、バルカスにも確認する事が出来た──
湾を埋め尽くす様な黒い雲の中から不気味な帆船が姿を現すのを。
「か、海賊だぁ!?」
「警備兵を呼べぇ!!」
「積荷を避難させろっ!!」
様々な指示や怒声が飛び交い、港は一瞬にして騒然となる。
多くの作業員や警備兵が集まる港湾施設に暴風が吹き荒れはじめる
巨大な竜巻から上半身を出すように浮かぶ異形──風の精霊王ジン。伝承通りならば叡智を宿すはずの青い瞳は、赤く輝き憤怒に塗れている。
「バ、バケモンだぁ!?」
ジンが大小様々な竜巻を起こし、港湾施設を無残な姿に変えていく。倉庫の屋根は吹き飛び、柱は拉げ、保管されていた荷物が散乱してゆく……
そこに海賊船から小柄な影が飛び出して、警備兵達を2本の短剣で次々と斬りつけていく。
闇に紛れる黒いフードを目深に被った影は滑る様なスピードで移動し、反動や重量を無視したような急加速、急制動、空中での方向転換を繰り返し熟練の警備兵達を斬り捨てていく。
この日、港町ヨーカスの港湾施設は大精霊とたった1人の暴威により、無惨なまでに破壊され壊滅した──
☆☆☆☆☆
「今日来てもらったのは、他でも無い。ミリアに仕事を頼みたいからだ」
眼鏡をかけた怜悧な顔の男が、神経質そうに眉間に皺を寄せて切り出す。
ここはメルキドにあるバートラム家の屋敷。即ちミリアの実家であり、足を組んで椅子に座るこの男はカイン・バートラム。バートラム商会の現代表である。
「珍しいわね。カイン兄さんが私に仕事を頼むなんて」
カインはミリアと和解? してからというもの事あるごとにミリアを呼びつけてはお土産と称して色々な物をプレゼントしたりして、隠していた……というか、後ろめたさからミリアが距離を取っていた為、表面化していなかったカインのシスコンが顕著になって来ていた。
それでもカインは冒険者としてのミリアに仕事を頼んだ事は一度も無かった。
例え、冒険者に依頼する類いの仕事でもギルドを通じて他の冒険者に依頼したりしていた。
「今回は少し厄介でな。ヨーカスの港が襲撃されてウチの積荷が奪われた。しかも調査を依頼した金級冒険者パーティと連絡が取れなくなってな」
「相当な手練れが噛んでるって事?」
「あぁ、少なくとも港を半壊させる様な力を持っている」
ミリアは顎に手を置き、少し思案しる。
もちろんカインの手助けならしたい。しかし現在リオンと千年迷宮の攻略が波に乗って来た所だ。というのもマキナも一緒に迷宮の攻略に加わる事になり、またマキナを連れて一層から潜っていたのだ。
そして先日、リオンが大怪我を負った18階層を越えて20階層のボスを倒す直前まで来たのだ。
「う〜ん。リオンがなんて言うかなぁ?」
「なんだったらあの小僧も連れて行けばいい。ヨーカスにはリゾート施設も有る。仕事が成功したら俺が金を出してやろう。2人でバカンスでも楽しんだらいい」
「2人でバカンス……」
ミリアの顔は真っ赤に火照り、なんだったら頭から煙が上がっているのを幻視する程だ。
☆☆☆☆☆
魔光列車とは魔石や魔核から発生するエネルギーを使用した長距離輸送、移動用の車両だ。
魔石や魔核は魔石鉱山から採掘したり、モンスターを倒して獲得したりする事から化石燃料に近いが、燃焼ではなく専用機器によるエネルギーへの変換なので二酸化炭素等も排出せず、変換効率もいい燃料である。
しかし、大陸中に走らせるには大量の資源と資金、それと長い期間が必要である為、現在は王都周辺部とメルキド周辺部に分けられ開発が進められている。
メルキドから港町ヨーカスへの魔光列車内。
ミリアは珍しく物憂げな表情で車窓から外を眺めている──
「ふふふ。どうしたの残念そうな顔して? 好きかと思ったんだけれど?」
2人掛けの座席が並ぶ列車内、窓側に座るミリアの横にマキナが座ってくる。
「べ、別に残念だなんて……それに好きとかそんなんじゃ……」
「ふーん? アタシはとっても大好きなんだけど……? ミリアは?」
「えぇ!? そんな……私は……その……」
ミリアは赤面し、ゴニョゴニョいいながら視線をあっちこっち彷徨わせている。
その為気付いていないがマキナは終始ニマニマと笑いを堪えている。
「んーー? 要らないって言うなら、アタシがもらっちゃおうかなー?」
「ええっ!? ちょっ! いっ、要らない訳じゃ……」
「ほ〜ん? そうなの?」
マキナの言葉に赤面してアタフタするミリアの手にニマニマしたマキナが何かを手渡す
「えっ? 何?」
「もちろんお弁当よ。要るんでしょ? あらぁ? それとも何か勘違いでもしたかしら?」
「────っ!!」
「あははははっ!」
「なーに馬鹿笑いしてやがんだ?」
そこへリオンが大量のお菓子を買い込んでやって来る。
「ミリア、馬鹿がやってきたわよ。そんなにお菓子ばっかり買い込んでどうすんのよ?」
「あぁん? 後で欲しいつってもやんねーぞ?」
「要らないわよっ! だいたいアンタいっつもねー……」
言い争いの絶えない2人、顔を赤くし俯くミリア……
3人のヨーカスでの冒険が始まろうとしている──
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