第17話 幕間
迷宮都市メルキドからは遠く、馬車を使うなら、一ヵ月はかかる場所にこの国の王都はある。どちらかと言えばメルキドが王都から遠く離れた辺境にあると言えるだろう。
王都ルインヘイブンには古くから反体制派のアジトがある。表向きは大商会として、国内外問わず、手広く店舗を展開しており。王都の流通の大部分を担っている。
現体制を打ち倒し、更にはこの世界の全てを救済の名の下に統一する事が目的の集団だ。
信仰や思想の自由を許した為に人々は惑い、迷う。
それならば、信仰を統一し、自由意思を排除すれば人々は未来永劫、悩みなく幸せに暮らせるだろうと──
そしてその為ならば、武力を使う事も厭わない危険な集団──ニルヴァーナ。
王都ルインヘイブンにある、大店のコートニー商店。その奥、商品を保管する倉庫内に地下通路へと繋がる隠し扉がある。
その通路を進んで行くと……地下とは思えない空間が現れる。
精巧な装飾の施された白い柱が並び、青白い光を発する魔灯が天井に配されている。
床も装飾が成された大理石で出来ており、その荘厳さは大聖堂にも引けを取らない。
ニルヴァーナの幹部であり、剣士であるルシード・スリンクスは男性にしては長い、顎下まで伸びたアッシュブロンドの髪を靡かせながら大聖堂然としたホールをコツコツと音をたてながら歩く。
目的地はこのホールの先、教主との謁見に使用される謁見室、その前室に位置する部屋だ。
──メルト・ブレイクが帰って来たと聞いた。貴重な長距離転移陣まで使って。いっちょ揶揄ってやろうか……
ルシードはメルトの事を嫌っていた。一度メルトの戦闘を見た事のあるルシードは、その戦闘力には一目置いていた。
しかし、勇者の家系と言うだけで大した実績もある訳じゃ無いのに教主の覚えが良いのが気に入らない。
あの妙に丁寧な口調が気に入らない。
自分以上に整った顔も気に入らない。
──あれは部隊の若手と模擬戦をしている所だったか……戦闘を一度見た限り、体捌きは無駄がなく流麗だったが肝心の攻撃力が足りなそうだ。木剣を使用していたのもあるが、相手は何度打ち据えられても、それ程効いていないようだったしな。
あれくらいならば、もし揶揄って、激昂しても負ける事はない。むしろ返り討ちにしてやろう。
ルシードはいつも余裕のある笑みを浮かべ、慇懃な態度で接してくる金髪の少年を打ち負かし、その顔を屈辱で歪ませる妄想をする。
前室の扉を開けるとそこには目的の少年が椅子に座っていた。
「ルシードさん。こんにちは」
「やぁ、メルト君。クククッ、聞いたよ、女の子を取られたんだって? クフフッ、そんなに色男なのにねぇ? クフフッ」
「彼女は僕の所有物では無いので取られたと言うのは間違いですね」
ルシードは嗤いを隠さずにメルトを嘲笑うように話しかけるが、メルトは態度を変えずにその顔に笑みを浮かべたまま応える。
「ハッ、そんな綺麗事はどーだってイイんだよぉ!? テメーは勧誘しようとしていた女をどこかの冒険者風情に奪われて、せっかくのテセウス家の血縁を引き入れられなかった! だろう?」
ルシードは顔を歪ませてメルトを罵る。
「まぁ、天才の片割れの出涸らしじゃあ、いらないけどな。クフフッ」
「勧誘が失敗した事についてはすいませんでした。ですが、彼女は出涸らしではありませんよ?」
「あぁ? 魔法も碌に使え無いって話じゃ無かったかぁ? まぁったく、勇者の家系ってだけでチヤホヤされる奴はいいよなぁ? どうせ失敗しても教主様は甘やかしてくれるんだろう……」
ルシードが気持ち良くメルトを蔑んでいると急に室内の温度が下がった錯覚を覚える
「僕の事を見下すのは構わないですが……」
酷く冷たい声がかかる──
空気が質量を持ったように妙に重く、身体に絡みついてくる……
──なっ、なんて殺気だ……いや、殺気なんてもんじゃない……
「
ルシードに無機質な声がかかる。何の感情も感じさせない、どこまでも平坦な声色……
一瞬、誰の言葉なのか、自分に向けられた言葉なのかも分からなくなる。
ルシードの見たメルトの双眸は黒く塗り潰され、感情の抜け落ちたがらんどうに見えた……
空気が質量を持ったように妙に重く、身体に絡みついてくる……
──なっ、なんて殺気だ……いや、殺気なんてもんじゃない……
全身から脂汗が吹き出し、喉からはヒュー、ヒューと枯れた呼吸音しか漏れてこない……
早く返事をしなければ……
取り返しのつかない事に……
ルシードはそう思っても小さく首を振る事しか出来ない。
中空を映す瞳はもはや、メルトを捉えていない……
背後から……ルシードの直ぐ後ろからもう一度声がかかる……
「一度、死ぬか?」
首に冷たい金属の感触がある……
ルシードがその生を諦めた瞬間、不意に前室の扉が開く
「メルト、どうしたのですか?」
可憐な声、開いた扉からフワリと漂う芳しい花の香り。
薄い桃色の髪を二つに結びあどけない表情の少女が現れる──
この少女こそ教主 ステンノ・ポールキュースである。
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