第16話 少年と平穏なる日々
簡素な化粧台とベッド、その他には雑然と、よくわからない薬品の類いや健康器具、掃除道具などが部屋の端に追いやられてある。
治療院の一室なのだが、訪ねてくるのは訳ありや金の無い低級の冒険者ばかり。
それを殆どタダ同然で治療しているのだから、経営はとても上手くいっているとは言えない。
その為、開院当初からの設備以外は新たな設備は何も無く、消耗品の薬品や包帯以外は大切に手入れされ使い回されている。
木製のベッドも元は質の良い物だが、最近ではギィギィと軋む音もうるさくなってきていた。
清潔なシーツに寝かされていた白髪の少年が目覚め、窓から差し込む光に眩しそうに目を細める。
「おや、気がついたらのかい? 全く、戻ってくるのが早すぎるんだよ」
「うっ……ババァ? ここは?」
「なんだい、まだ寝ぼけてんのかい? アタシが居るんだから治療院に決まってんだろう」
「なんだ……まだくたばってなかったのかよ」
「はんっ、先に地獄に送って欲しいのかい?」
リオンはずいぶんと気安く治療院の主人と軽口を叩き合う。
ふと、リオンの寝かされたベッドの横で丸椅子に腰掛けた少女がシーツに顔を埋めるようにスースーと寝息を立てていた。
「マキナ……?」
「その子にも後でお礼を言っておくんだね。ずっと看病しててくれたんだ。……それにしてもバートラムの赤毛のお嬢ちゃんとはどうなったんだい? あんまり節操ない事するんじゃぁないよ」
「はぁ? 別にコイツとはなんでもねーし! まぁミリアとも何にも無いけどよ……」
治療院の主人である老婆が深い皺の刻まれた顔にニヤニヤと笑みを浮かべる
「んっ、んん〜?」
騒がしい声に1人寝息を立てていた黒髪の少女が目を覚ます
「あ、起きたんだ……お、おはよう」
「お、おう。何でお前が看病してんだよ?」
マキナが目覚めていたリオンに挨拶をするも、リオンの方はぶっきらぼうに応える。
「はぁ? な、何よ! 別にアンタが心配だった訳じゃないんだからっ!! ア、アタシの魔法が成功したのか確認よ! 確認!」
マキナは顔を真っ赤にしながら早口に捲し立てる。
「あん? 魔法?……あっそういやあのデカブツはどうなったんだ!?」
「あれは、メルトとミリアが倒してたわ。アンタはただボロボロになってここに運ばれたのよ」
リオンの疑問にマキナは淡々と説明をしていると
「アタシゃ、そろそろ行くよ。後は大した怪我は残っちゃないから、元気なら勝手に出ていきな。それじゃあ、テセウスんとこのお嬢ちゃんもゆっくりしていきな」
「あ、はい。ありがとうございました、デルエラさん」
病室の後ろで何やら作業をしていた老婆が声をかけると、マキナは椅子から立ち上がって深く頭を下げる。
それをデルエラと呼ばれた老婆は軽く手を挙げ制すと、扉を開け病室を後にする。
「お前……そんな態度も出来るのな? いっつも不貞腐れてんのかと思ったぜ」
「はぁ? アタシだってちゃんとお礼ぐらい言えるわよ!!」
「はっ、ところで目的は達成出来たのかよ?」
「……うん。アンタが寝てる間にちゃんと葬儀も出来て、家に帰してあげる事ができたわ……あの……ありがと」
「あぁ……いいって事よ。ってか俺って何日寝てたんだ?」
「もう5日ぐらい経つわよ。身体の調子はどう? 特に骨の調子は?」
「そんなにっ? えっ? 骨の調子とかわかんねぇけど……」
「じゃぁ、一回折れるかどうか実験してみないとっ」
「はぁ? 意味がわかんねぇよ!?」
マキナが腕を折るジェスチャーをすると、危険を感じたリオンは身を捩って逃げる
すると病室の扉が開き──
「リオンっ!! 目が覚めたのね!!」
緋色の髪を揺らしミリアが病室に入ってくる。
「マキナもお疲れ様。交代する?」
「ん、ううん。ちょっと寝たし大丈夫。それにコイツも起きたしご飯でも食べる?」
「おぉ、そういやめっちゃ腹が減ってるぜ! 飯にしよう!」
「ふふふっ、そうね。ご飯でも食べながらあの時の事を教えるわね」
「よっしゃああぁぁぁ!」
リオンはシーツを剥ぎ取ると勢いよくベッドから降り立つ──
「あん?」
やけにスースーする下半身を見てみると……
「きゃあっ!」
「へ、変態っ!!」
簡素な前開きの病衣以外、何も身につけていなかった──
「あんの、ババァーーーー!!」
──────────────────
「あっ、洗濯した下着を渡すの忘れちまったね。まぁいいやね」
デルエラは他の患者の治療をしながら、ふと思い出す。
それほど大した事じゃないかと、口元にニヤニヤと笑みを浮かべ、また治療を再開しはじめる。
───────────────────
いつもお読み頂きありがとうございます。
これで一章は終わります。
キリがいいのでここまで読んで頂けた方、感想、評価頂けたら嬉しいです。
次回、幕間を挟みまして二章になります。
今後とも宜しくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます