第14話 少年と無能の少女


 谷底では巨大な顎を開き重く低い唸り声を上げる鰐型モンスターがミリアとメルトをその紅く光る双眸で睨む


「どうやら僕達を見逃してくれる気はなさそうですよ?」


 普通の冒険者ならばそのモンスターの迫力に腰を抜かしてもおかしくない様な巨大な体躯、大きな口は鋭い牙のような歯が無数に生えている。


「そうみたいね。直ぐに倒してリオン達を探すわ。いくよレーヴァテインっ!」


 ミリアは腰から紅く妖しい光を放つ剣を抜き放つと、鰐型モンスターへ向かって駆け出して行く。


「僕も手伝います」


 メルトも腰に佩た剣を抜き放つ──

 しかし、抜き放たれた剣は鍔から10センチ程しかなく大層な鞘に収める必要のない、およそ剣とは呼べない、柄と鍔だけだった


「起きろグラム──」


 途端に鍔から轟々と焔が吹き出し燃える刀身を形作っていく



 ミリアが鰐型モンスターに駆け寄ると、その短い手でミリアを払おうてしてくる

 巨体故の緩慢な動作に見えるが、スピードは充分に早い。そして当たれば人間など易々と吹き飛ばす威力を秘めた攻撃だ


 しかしミリアは崖の側面を走り攻撃を避けつつ死角であろう背中へと跳躍する


「切り裂けっ!」


 空中でミリアがレーヴァテインを振ると紅色の斬撃が飛びモンスターの背中に襲い掛かる


「グガァァァァァ!!」


 斬撃はモンスターの背中ぬ着弾するが硬い鱗状の表皮を僅かに傷つけただけだ。


「くっ、意外と硬いのね」


 ミリアはモンスターの背中に着地するとレーヴァテインを突き立てるが、浅くしか刺さらない


「グガァァァァァァァァアアアア」


 鰐型モンスターが身を捩りミリアを落とそうとするが、メルトが燃える剣を構え鰐型モンスターの前に躍り出る


「三式、断影絶夏──」


 瞬間、世界の色が反転する

 メルトが神剣グラムを振り抜くと赫黒い線が世界を分つ──


 空間がズレた様な錯覚に陥る剣撃は鰐型モンスターの硬い鱗ごと軽々と切り裂いていた。




☆★☆★☆




「ちっ、やっぱ転移陣かよ。どこだここは?」


「な、何!?」


 リオンとマキナは作動した転移魔方陣によりどこか別の場所に飛ばされたようだった。

 いつもの迷宮内と違い辺りは暗く、ほとんど何も見えない。


「ど、どこ? ここ? きゃっ!? 変なとこ触らないでよっ!?」


「わ、わりぃ、暗くてよ。で、なんか柔らかいもの触ったけど?」


「うっ、うるさいっ!」


 するとポッ、ポッ、ポッと部屋内の壁に魔灯が灯始める。


「おっ、明るくなったぜ」


 明るくなった室内を確認すると、リオン達が現在いる場所から真っ直ぐ、左右の壁にオレンジ色の光を放つ魔灯が設置されていて、奥まで続いている。

 奥には扉はないが開けた空間に繋がっていそうだった。


「とりあえず先に進むしかねぇか……」


「まっ、待ってよ!」


 1人でツカツカと進んでいくリオンにマキナが後ろからついて行く。


 開けた空間に着くと、直ぐに地面に伏している人間を発見する。どうやら複数人が倒れているのが確認出来る。


「リーラッ!!」


「お、おいっ! 勝手に前に出るなって!」


 リオンは罠なども警戒していたが、マキナは人影を見つけると直ぐに走り寄ってしまう。


 リオンの心配を他所に、マキナは倒れている人物に駆け寄り抱きかかえた。


「リーラっ!! リーラっ!! ねぇ! 起きてっ!! お願いよっ!!」


 薄紫色の髪を三つ編みにした少女がマキナに抱きかかえられ何度も名前を呼ばれるが、少し離れたリオンからも、既にその人物が事切れている事は分かった。


 リオンは注意深く辺りを見回す──

 他にも倒れている人物は3人……全員に外傷が見て取れる。

 打撲跡、裂傷、焼け焦げた跡……


 地面や壁にも焦げた跡や大きな打撃痕が見える


「敵がいるな……」


 ここで戦闘があったのならば、相手がいるはずだ。

 少なくとも銀級冒険者パーティを全滅させ、壁や床にも破壊の痕跡を残すような敵が──


 そこまで考えて、ふと部屋の中央に置かれている石でできた像が気になった……


 手足があり、人を模したような石像。ただし、顔などは作り込まれておらず記号のような紋様が彫ってあるだけである。


 奥にも部屋が続いている為、敵はそちらに居るかも知れない。だが、リオンはこの石像に違和感を覚える。


「なんだぁ? 何かおかしいぞ? この石像……なんで傷が無い……?」


 石像の周りには激しい戦闘の跡……床にも長く抉れているような傷跡が何本も走っているが──

 

「なんで、この石像傷跡の上に立っているのに壊れてないんだ?」


 地面を走る抉れた傷跡を跨ぐ様に立つ石像。

 まるで傷が付いてからその場に移動したように──


 石像に近づき恐る恐る触れようとリオンが手を伸ばすと……


 顔に当たる部分の紋様が青白く光りはじめ、大きな身体が地響きの様な駆動音と共に動きだす──


「がっ!?」


 急に動きはじめた石像に肩口を掴まれ、勢いよく壁に投げつけられる


「ぐぁっ!! テメーっ!! うおっ!?」


 壁にぶつかったリオンは【魔狼の王】で強化した身体能力のおかげでほとんどダメージはない、直ぐに反撃しようと石像を睨むと間髪入れず青白く光る胸の紋様から光線を放つ


「きゃあぁ!? 何よそれ!?」


 リオンはなんとか光線を躱すが、楽に石の壁に穴を開ける光線は当たっていたらタダじゃ済まなかっただろう。


 リオンは石像に近づき魔爪化を使い強化した貫手を放つ


「くぅ!? 硬ってーー!」


 材質がただの石ではないのか異様な硬度をみせる、石のような見た目からいつの間にか黒い金属を思わせる材質に変化している


「ゴーレムよ! これはきっとゴーレムだわっ! 確か額にある文字を一文字消せばいいらしいわ!」


「なーる! って額に文字なんか無いんですけどー!?」


 リオンは近づいて額に文字があるか調べるが文字らしきものは見当たらなかった。

 代わりにゴーレムの巨大な腕がリオンに直撃する


「ぐはっ!! いってー! くそっ! 攻撃が通らねぇんじゃ勝ち目がねぇ! 俺が時間を稼ぐから早く逃げろ!」


 ゴーレムの強烈な張り手を受けたリオンは口から血を吐くも、マキナに撤退を促す。


「何言ってんのよ! 勝ち目がないならアンタも一緒に逃げなさいよ!?」


「どうやらコイツは遠距離攻撃も出来るみたいだし2人で逃げるのは得策じゃねー。それとも何か目眩しの魔法とか使えんのか?」


「……魔法なんか、使えないわよ!」


 なんとかゴーレムの攻撃を躱していたリオンが床の溝に足を取られ動きを止めた所を掴まれしまう。


「ぐっ!? がぁぁぁあああ!!」


 万力の様な力で両手でリオンを締め上げるゴーレム。

 リオンの全身の骨が悲鳴を上げる。


 ──なんで、コイツはアタシを助けるわけ? 

アタシの無理な依頼でついて来ただけなのに……アタシを置いて逃げればきっと助かるはずなのに。依頼を受けたから? 冒険者だから? 命を賭けてまで依頼人を守るほど崇高なの冒険者って? 

 テセウス家の人間なのに魔法の一つもまともに扱えないアタシを守る為……役立たず……足手纏い……無能……

 そう、無能。無能だ。此処に辿り着く迄の会話で聞いた……薬草しか摘めない無能の冒険者……そう呼ばれていたって……でも迷宮を踏破する為に頑張っているんだって……

 このままコイツを死なせたら結局無能のままじゃないっ! 逃げたら私だってもう前を向けない! コイツはアタシだっ! 無能から成り上がる為に! 無能じゃ無いって知らしめる為にっ! こんな所で死なせないんだからっ!!




 マキナは魔法が使えない──

 正確には違う。マキナは魔法が全て構成式に変換され見えている。


 通常、詠唱とイメージのみで発動できる魔法。

 しかし構成式で見えているマキナは幼い頃から不思議だった……


 魔力量やスキルの有無、適正によって同じ魔法でも威力が違う、消費魔力が違う、効果範囲が違う、効果時間が違う……


 同じ魔法でも使う人によって構成式が全て違うのだ。だから正解が分からない。


 マキナは構成式を一から【構築】する事ができた。自分の好きな様に。


 だから、一度威力も範囲も最大化して魔法を放って見ようとしたが魔力が足りず発動しなかった。


 構成式を一から構築するマキナの魔法は時間と集中力を使いすぎた。同じ魔法を使うなら簡単な詠唱とイメージで扱える方が遥かに早いし楽だった。

 それでも規格外の威力を出せればまだ良かったのだが……マキナの魔力は人並しか無かった。


 そんなマキナが考える。リオンを助ける方法──

 既存の魔法じゃない、一から魔法を【構築】する。

 

 大きく見開かれた瞳、魔法の構成式を空間いっぱいに広げて……


 傷の修復、折れた骨の修復、強化が必要……そんな魔法は無い……無いなら作る。


 必要な材料……何が必要? この異常に硬いゴーレムの外骨格がいい……どうやって抽出する? 発動するのに必要な魔力?

 魔力が足りないなら、周りから……空間から集める式を加える……この無能を最強に作り変えるっ!!



 でも……


「時間が足りない……」


 【構築】している間にリオンは握りつぶされて死ぬだろう……

 圧倒的に時間が足りなかった……




「誰か、誰か……助けてっ!!」


 自然と溢れる涙も拭わずマキナは叫ぶ──





「もちろんよっ!」



 凛とした声が響く。



 無能達が比較され、欲し、焦がれ、憧れた……緋色と金色がそこに居た──




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