第12話 少年と仙鏡花


「ここでいいかしら?」


 ミリアが冒険者ギルドから程近い一軒のカフェの前でマキナとメルトに確認をとる。


「ええ。構わないわ」


「はい。ありがとうございます」


 2人共異論はない様だが、性格の違いが返事に現れていて、ミリアは少し微笑みが溢れる。

 もっともマキナの少しばかり尊大な物言いはミリアに対しての劣等感によるものだろうが。



☆★☆★☆



「なるほど、じゃあそのリーラさん達のパーティは依頼で18階層に群生してる仙鏡花を摘みに行ったまま行方不明って事ね」


「はい。仙鏡花自体はレアな花という訳でもないのですが、仙鏡花を材料に使う薬がそれほど需要のある薬ではない為、たまにしか無い依頼らしいです」


 カフェラテを啜りながら、その大きな瞳でミリアを凝視しているマキナの代わりにメルトがミリアと会話をしている。


「難易度は高い訳じゃないわね。討伐依頼な訳でもないし、何よりまだ20層よりも浅い階層だとそんなに強いモンスターも出ないわ」


 ミリアの話しが癇に障ったのかマキナの視線は不機嫌に睨むように変化する。

 その視線に気付き、ミリアは苦笑いを浮かべリオンに話を振ってみる。


「ねぇ、リオンはどう思う?」


「んぉ!? あーいいんじゃないか? 17層だっけ? どうせ行くんだし一緒に連れてっても」


 最初から話を聞くつもりの無かったリオンは飲み干したアイスコーヒーの氷をストローで吸い付ける遊びに夢中だった。その為、なんとなくの返事を返していた。


「ふぅ、18階層ね。まぁ、私も話を聞いたからには依頼を受けようと思うけど……マキナさんが良ければ」


 そう言ってチラリとマキナの方を見ると、慌てた様に視線を外すマキナの姿があった。


「わ、私は依頼を受けてくれるなら、誰でもいいんだけど……高名な緋金級冒険者様に見合うような報酬は出せないわよ」


「すいません。マキナさんはきっとミリアさんに憧れていて、緊張しているんだと思います。依頼を受けて頂けるなら是非ともよろしくお願いします」


「ちょ、ちょっと!? アタシは別に憧れてなんか……」


「まぁまぁ、出来ればこれから直ぐにでも捜索に向かいたいのですがいかがでしょう?」


 少しばかり棘のある口調のマキナとは対照的に有名な勇者の家人とは思えぬ慇懃な態度のメルト。2人の了解を得て4人で迷宮へと潜る事になった。



☆★☆★☆


 リオンとミリアはマキナとメルトを連れて18階層へと向かう。

 2人は銀級でも無ければ、そもそも冒険者でも無いので、もちろん10階層までの転移陣は使えない。


 1階層から順に降っていくのだが、道中の雑魚モンスター達はミリアとリオンの相手にならない。

 最低限のモンスターを蹴散らし、最短距離で次の階層、次の階層へと降りて行く。


「はぁはぁはぁはぁ……ちょっと……待っ……」


「マキナさん大丈夫ですか? すいません、少し休憩してもよろしいですか?」


「ごめんなさい! 少し飛ばし過ぎたかしら」


 8階層を過ぎた辺りでマキナが大きく息を切らし立ち止まってしまう。


「はぁはぁ、体力なら自信あったんだけど……はぁはぁ……冒険者ってみんな化け物なの!?」


 マキナは学院に入学したものの満足に魔法も使えない為、剣術などの近接戦闘を学んでいた。誰よりも結果が欲しいマキナは愚直に訓練を繰り返して学院の中では上位に入る剣術の成績を収めていた。それに伴い持久力も平均よりは高い部類にはいるのだが……


「マキナさん、冒険者の皆さんは毎日迷宮で命をかけて戦っているのです。きっと凄い体力なんですよ。マキナさんはまだ学生なんですから、何も恥じる事はないですよ」


 息一つ切らさず、涼しい顔をしてミリア達について来たメルトがマキナを気にして声を掛ける。


「はぁはぁはぁ……じゃあ、アンタはなんでそんな元気なのよ?」


「僕ですか? んーなんででしょう? 走るのが好きだからですかね?」


 爽やかな笑顔と共にあっけらかんといい放つメルトの異常さにミリアも少し気付き始めていた。


 (リオンも私も走りっぱなしで、流石に汗ぐらいかいているのに……息が上がってないどころか汗一つかいてないなんて……)



 そこからは少し会話をしながら歩いて降っていく。道中の会話によると──


 マキナの探す友人のリーラは、学院の在学中から一足先に冒険者登録を完了し、銀級冒険者として活躍していた少女だった。

 ドルイドとしての才がある少女で薄紫色のくせ毛が可愛らしい娘だったという。


 リーラはマキナの陰口を言われても強気な態度と勤勉さに惹かれて仲良くなりたいと声を掛けて来た娘だった。


 リーラの所属する冒険者パーティは"紫紺の隠者"と言い、18階層に咲く仙鏡花という薬の材料となる花の採取依頼に行ったまま消息不明となった。それが5日前の事。


 そして先日、ストレイキャッツという熟練の銀級冒険者パーティが捜索したが何の手掛かりも見つからないまま帰還したという。



☆★☆★☆


 

 体力が回復したら走り、マキナが疲れたら歩くを繰り返してなんとか18階層へと辿り着く。


 10階層のミノタウロスや道中のモンスターはミリアが率先して瞬殺していった。


「そういえば、緋色のミリアはわかるけどアナタは一体なんなの? さっきからあんまり戦闘にも参加してないけど」


「えっ? 俺は……」


「リオンは私の弟子よ、弟子。銀級に上がったばかりだからまだまだなの。だから10階層以降の戦闘に参加させてないのよ」


 とりあえず、リオンの能力を秘密にする為目立たないようにミリアが殆どの戦闘をこなすようにしていたのだ。


「へぇ、銀級になったばかりの割に体力だけはあるのね」


「くっ!」


 自分の体力の無さを棚に上げて、上から目線で話すマキナぬリオンは悔しさを抑えきれないが、「まぁまぁ」とミリアがリオンをなだめすかす。



「地図によるとそろそろ仙鏡花の群生地につくわ」


 10階層から下、ここまでは広い空間で高低差のあるダンジョンだ。

 ゴツゴツとした岩肌の壁に、うっすらと光る天井。多様な植生に底の見えない谷。地図が無ければ迷ってしまいそうなフロアだ。


 一行は漸く、18階層の仙鏡花の群生地に到着する。


 そこは一面薄く銀色に光る仙鏡花が咲き乱れている幻想的な空間だった──



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