第7話 少年といつかの誓い


 第5層のハイオークを倒したリオンとミリアは一度街へと戻る事にする。


「まっっっったく、歯応えが無かったぜ。本当にボスなのか?」


「まだ5層のボスよ。むしろ苦戦されたら踏破なんて無理よ」


「まぁ、これから徐々に強くなっていくってこね」



 そんな会話をしながらも迷宮入り口の広場へと辿り着くと、そこには一台の豪奢な馬車が止まっていた。

 その馬車の前で立っている従者らしきメイドはミリアを見つけると深く頭を下げる


 馬車を見つけた瞬間、ミリアが息を呑んだのをリオンでも気付いた。


 ミリアはメイドの前まで行くと、メイドが慇懃に口を開く


「ミリアお嬢様。旦那様からお連れするようにと。ご一緒に本邸へと参りましょう」



☆★☆★☆


 馬車の車窓から流れる街並みを眺めるリオンへミリアがおずおずと口を開く


「びっくり……したよね? 実は私、いいとこのお嬢様なんだ。ふふっ、なんてね」


「何となくわかってたよ。なんだか上等な服着てるしな。俺なんかが着てる安物なんかとは生地からして違うね」


 自分の着ている服をヒラヒラと見せながら戯けるリオンに「そんな事ないわよ」と返事に窮するミリア。その後、声のトーンを落として続ける


「兄がね……家を継いだんだけど……とても優秀な兄なんだけど、事業の拡大の為に私を王都の貴族と結婚させるつもりなのよ……」


「ケッ……コン……」


「そう。メルキドはちょっと特殊で王国から治外法権みたいに扱われてるけど、まだまだ、特に王都なんかでは貴族の力って強いみたいで、王都進出の足掛かりが欲しいみたいなの」


「おう……と……」


 突然の告白にただのオウム返しになっているリオンに独白気味になっているミリアが車窓から空を見上げながら呟く


「私の冒険はもう……」




☆★☆★☆


 しばらく馬車が走るとメルキドの中心街から離れ、段々と敷地の広い屋敷が増える地区に着くと周りの家々から更に一回り大きな邸宅へと入って行く。


 ミリアとリオンがバートラム家へ着くと、案内してくれたメイドに付き従い、待合室で待っていると、間も無く声がかかる


「旦那様の準備が出来ました。こちらへどうぞ」


 待合室のドアが開き、メイドが案内してくれる。屋敷の奥の方まで歩かされる、どうやら面会、応接室などではなく執務室へと通されるようだ。



 執務室に通されると。執務机に向かう1人の男性がいる。机の上は何やら書類やら専門書やら封蝋のついた手紙やらが山の様に積まれ、天板の木目を認められない様な机に向かうのは──カイン・バートラム。ミリアの実兄だ。


 ミリア・バートラムの兄であるカイン・バートラムには剣の才能はあまりなかった。それもミリアやその父、ガルア・バートラムに比べれば……というものだが


 代わりにカインには商才があった。先見の明があり、経済の機微に聡かった。お陰で、先代のガルアが魔人との戦いで討ち死にした後もバートラム家は落ち目になるどころか、その規模を更に大きくしていった。


「失礼いたします。ミリアただいま戻りました」


「ミリア、来たか。……そちらは?」


 カインはミリアよりも落ち着いた赤茶色の髪をしており、細いフレームの眼鏡の奥から鋭い眼光を向ける


「こちらは……リオン。今冒険者としてパーティを組んでいる相手です」


 カインは鋭利な視線でリオンを見ると、一言、「そうか……」とだけ呟き、右手に持つ書類を机に置き、その手で眼鏡の位置を直す


「ミリア、先日迷宮入り口辺りで派手に戦闘を行った者がいたそうだ。何か知っているか?」


「い、いえ……」


「そうか。目撃した衛兵からは赤髪の少女だったと報告が上がっているそうだが──」


「うっ!?」


 カインの鋭い眼光に思わず素知らぬふりをしてしまったミリアだが、カインはその鋭い眼光を手元の文書に落としながら、既に真相は掴んでいる旨を仄めかす


「まぁ、それはいいが……ジェラルド卿が正式に婚約を申し込んできた。そろそろ冒険者ごっこは辞めて淑女の作法でも習ったらどうだ?」


「そんなっ!? 私はまだ冒険者を辞めるつもりは……」


「いつまでも冒険者などしていてどうする? 嫁の貰い手もなくなるぞ。行き遅れになる前にジェラルド卿に決めておけ」


「……私にはまだ、やる事が……」


「やめておけ。今時、復讐劇など猫も跨いで通る」


 ミリアが弱々しいながらも不服を申し立てようとするが、カインは先回りしてミリアの話しを遮っていく


「そういう訳だミリア。今日からは本邸で過ごせ、相応しい教育係をつけてやろう」


 ひどく憔悴した表情で視線を彷徨わせた後、ミリアの視線は執務室の床に吸い込まれる

 

 ──わかっていた事だった……けれども、やはり面と向かって断言されると心に来るものがある……復讐なんて辞めろ、女らしく過ごせ……結婚して子を成せ……わかっている。自分に求められている役割ぐらい。

 それでも……ようやく自分が背中を預けてもいいと思えるパートナーを見つけたのだ。復讐を成して、更に迷宮を踏破するという新たな夢までくれた……それでも……私には、この兄を裏切り、自分の好きな事だけやって暮らすなんて出来ない……


 話は終わったとばかりにミリア達から目を離し書類仕事へと戻るカイン。

 上等な黒いスーツを着こなしているが、よく見ればそのスーツの左袖には腕が通されていない。


 ミリアの父、ガルアが魔人エンダルに敗れた後、エンダルの凶刃はミリアを襲ったが、カインがそれを庇って左腕を落としたのだ。

 ミリアはその時の負い目をずっと引きずっていた。


 ──これは私への罰だ……私が、あの時エンダルに斬り掛からなければ……あの魔人は最初から子供達を傷付ける素振りは無かったのに……


 ミリアが諦観から拳を強く握りしめ、部屋を出て行こうとすると、予想外の声が聞こえてくる──


「さっきから聞いてると、全く持って納得いかねぇ。兄妹だからって生き方まで口だすなよ。親父の仇討ちてぇってのがそんなに駄目なのかよ? 今までミリアが強くなる為に振ってきた剣をごっこ遊びだなんて言うなよっ! 」


 ミリアは驚き振り返る。


 ──彼を止めなければいけない……だってこれは私の罰、今まで目を背ける逃げてきた罪だ。それでも……そう、それでも。溢れる涙が彼を止めれない……諦めた復讐を、無為になった努力を……彼が認めてくれたから



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