第8話 少年といつかの誓い②


 「さっきから聞いてると、全く持って納得いかねぇ。兄妹だからって生き方まで口だすなよ。親父の仇討ちてぇってのがそんなに駄目なのかよ? 今までミリアが強くなる為に振ってきた剣をごっこ遊びだなんて言うなよっ! 」


 このまま予定調和のように兄であるカインが決定し、ミリアが悔しさを滲ませながらも引き下がる。そんな場面だったはずだ……


 リオンの唐突な発言にその場は水を打ったように静まりかえる。

 ミリアはその瞳に涙を浮かべながらリオンを注視し、カインは戸惑いの表情を浮かべるも直ぐにその鋭利な視線を向ける


「ふむ。君は何か勘違いしているようだが……君が今ここにいるのは、ミリアが冒険者を辞める事、その理由を君に分かりやすく提示する為に同席させた──そうだろう? ミリア」


 カインからの呼び出しなら内容はある程度想像できた。また冒険者を辞めろ、家で大人しくしていろ……そんな話だろうと。

 なんだかんだ言ってカインはミリアに対して何事かを強制した事は無かった。


 だからリオンを連れ、いずれ自分は冒険者を辞めざるを得ない、その可能性を認識しておいて欲しかった。兄、カインには悪者になってもらうが、ミリアは自分からは中々言い出す気になれなかったからだ。

 だから、カインの言葉は半分当たっていた。

 もう半分は、ミリアは未だこの時までは冒険者を本当に辞めるつもりは無かったし、カインも踏み込んで来ない。そう思っていた……


 だが、ジェラルド卿──彼はマズい。王都の貴族、それも公爵家だ。跡継ぎではない三男だが、それでも生家の影響力は高い。近年は増えて来たが、まだまだ貴族と平民の結婚は少ない。公爵家なら尚更で普通、家同士の繋がりを強める政略結婚が殆どのはずだ。

 その彼がわざわざメルキドで大成しているとはいえ、貴族でもない娘に求婚してきた。


 カインの取り計らいで何度か会った事がある程度だが、ジェラルドは殊の外、ミリアを気に入っている事はミリアも感じてはいたが……


 カインが事業展開を考えている王都、そこの有力貴族。しかも向こうから婚約を申し込んで来た。今まではミリアを好きにさせてきたカインも今回はこの話を早急に進めるだろう……


「それは……」


「ミリアが冒険者を辞める辞めねーはどうだっていい! ミリアが本当にやりたくないならやらなきゃいい。復讐だってそうだ。でも、きっとミリアにとって越えなきゃいけない事なんだ、やらなきゃいけない事なんだっ!」


「なるほど。では、冒険者を続けて名を上げたとしよう。適齢期も過ぎて冒険に勤しみ、気付けばもういい歳になった。冒険者を続けるには体力が無くなってきた、そんな時周りを見渡せば子供はおろか一緒に晩年を過ごす配偶者も居ない。1人寂しく老いさらばえるだけだ。ましてや復讐なんてしたら、返り討ちに遭うかも知れない。よしんば復讐が成功したとして、その魔人の首を父の墓前にでも飾るのか? そんなもの誰も喜びはしない。ただ、貴重な時間を無為に過ごした事実が残る。それだけだ」


 カインはミリアとリオンに言い聞かせるように、けれども少し語気を強め一気に言いきる


「っつ! そうかも……そうかも知れないけどよぉ! もっとこう、ミリアの気持ちを考えれねーのかよ!? 好きでもない相手と結婚させるなんてよぉ……」


「必ずしも想い合う者同士が結婚する訳ではないよ。君も子供じゃないなら分かるだろう。ジェラルド卿は少し野心家だが、家柄はいいし、見目もいい。王都では婦女子にとても人気なようだ。その中でもウチのミリアを気に入った所をみるに審美眼も確かなようだしな」


「ウチのミリア……?」


 カインがミリアの事をまるで自慢するような口調にミリアが疑問の声を上げると、カインはゴホンっと大きな咳払いを上げた


「でっ、でもよ、自分の仕事の為に妹を差し出すなんてよぉ……」


「ミリアを差し出す……?」


 カインの鋭利な眼光が眼鏡の奥で更に鋭くなりミリアを見る


「えっ? だって王都に進出する為に繋がりが欲しいんじゃ……」


「俺を侮っているのか? 王都への根回しならもう済んでいる。今更、貴族連中に取り入っても甘い汁を吸わせるだけだ」


「じゃあ、なんで……」


 リオンがもっともな疑問をこぼす


「決まっているだろう。ミリアの幸せのためだ!」


「えっ、カイン兄さん……それって……」


「ミリアを幸せにする。これは亡き父に誓った事だ。俺はミリアの幸せしか願っていない!」



「ええっ〜〜〜!!?」


 ドヤ顔でミリアの幸せの為、ただその為の完全なる善意によるものだったカインの行動。それにようやく気づいたミリアは驚きの事をあげる。


「まぁ、冒険者を続けても、貰い手がいるなら構わん。リオンといったな? 必ず神鋼級まで登り詰めミリアを幸せにしろ」


「えっ?」


「ちょっ!? 兄さん何言ってんのよっ!?」


 突飛なカインの言動にリオンはポカンとし、ミリアは顔を赤くして慌てるのだった……


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