第5話 少年と唐揚げ定食


 迷宮都市メルキド。千年迷宮を攻略する冒険者達の宿場町として発展してきた都市だが、法が整備される前の歪な増改築、街の景観など気にも止めないという風にただ利便性を求めて引かれた通路、人口が増え、それでも迷宮の近くに住みたい、店を構えたい人々は次第に住居を縦に伸ばしていく。

 素人が建てた強度が心許ない住居の上に不安定な住居が乗っかりいつ崩れてもおかしくない建築群は奇跡的に絶妙なバランスで安定していた。


 迷宮近くの街並みはそんな感じで外側に行くほどにまともな街並みへと変わっていく。


 そんなある種カオスなメルキドの中心街をリオンとミリアは歩いている


「あのさぁ、あれは──俺悪くないよね?」


「……まぁ、そうかもね」


「だって、そっちが見せつけてきたんじゃねーか!?」


「見せつけてないからっ!! だって穿いてないなんて思って無かったんだもん……」


 顔に綺麗な紅葉を貼り付けたリオンが不貞腐れていると、不本意ながらも下着姿を見られてしまったミリアは顔を真っ赤に染めながら反論するが、だんだん恥ずかしさで声が小さくなり最後の方は殆ど聞こえなかった


「あれはあそこのババァがやったんだろ?」


「うん……あの後聞いたわ。……あのお婆さん凄く良い人ね」


 ミリアはリオンが病室から出ていった後──正確には叩き出した後病室に入ってきた人物──あの治療院の主である高齢の女性との会話を思い出していた



☆★☆★☆



「あらあら、悪かったね、キレイな病衣が乾いてなくてね。思ったより回復が早かったからねぇ」


 そう言ってミリアの病室へ入ってきた人物は殆ど全てが白髪になった豊かな頭髪を後ろで一つに括り、顔にいくつも刻まれた深い皺は彼女の過ごした年月を物語っていた。


 一見してかなりの高齢に見えるも、姿勢は良く声にも張りがあった。


「あっ、いえ、すいません……治療していただいてありがとうございました」


「なぁに、アタシが治療しなくとも勝手に傷が塞がっていくんだから世話ないよ。起きたんならこれも必要なかったね」


 そう言って治癒師の女性は綺麗に畳まれた病衣をベッドの上へ置く


「お気遣いありがとうございます!」


「いいよ、それよりもあの坊主に礼を言ってやるんだね。お嬢ちゃんをここまで背負ってきたんだからね」


 ミリアは女性に頭を下げるが、女性は右手を挙げてそれを留める


「昨日の晩になんだか馬鹿デカい音が聞こえてきたんだが、関係あんのかい? なんだか衛兵が走り回ってたよ」


「あ〜〜、ははっ……」


「まぁ何があったか知らないが、坊主が慌てて駆け込んで来たんだ。この子を助けてくれってね。あの坊主はいっつも腹減らしているからね、何か美味いもんでも食わせてやりな。バートラムのお嬢ちゃん」


「えっ?」


 ミリア・バートラム これがミリアのフルネームだ。名乗った覚えも無いのに何故知っているのかと不思議に思っていると──


「そんな目立つ赤髪にそこなデカい剣。お転婆なバートラム家のご令嬢だって直ぐに分かるさ」


 治療師の女性はそう言って小さく笑いながら病室を出ていった。




☆★☆★☆



「……悪かったわよ。お礼も兼ねて何か美味しいものでも奢ってあげるわ」


「おっ、まじか! やったぜ! 昨日バイト行けなかったから賄い食いそびれたんだよなぁ」


「何か食べたいものは?」


「なんでもいいのか? だったら──」



☆★☆★☆



「本当にこんなんでいいの? お金の心配なら大丈夫よ?」


「こんなのってなんだよ? ここの定食屋はスッゲー美味いんだぞ! おばちゃん! 唐揚げ定食!」


 迷宮都市の中心部に程近い、雑多な街並みの中にある活気のある飲食店の中、テーブル席に2人で座りリオンが大きな声で注文を叫ぶ。すると店の奥から景気良く「あいよっ!」と返事が返ってくる。


 しばらく他愛のない会話をしていると、店員がリオンの前に注文の品を持ってくる。


「おぉ、美味そうだっ! いただきますっ!」


「へー、何これ? いい匂いね」


「なんだ唐揚げ食った事ねぇのか? めっちゃうめぇんだぞ!」


「へー、なら一個ちょうだい?」


 ミリアがリオンの唐揚げ定食を見て、その食欲をそそる匂いの誘惑に負け、一個ねだるも──


「やだ! 食いたかったら自分で頼め」


「何よ、ケチ! 一個ぐらいいいじゃない。すいません! 同じの下さい!」


 定食の周りを手で囲い、ウーウー唸るリオンに呆れ、ミリアも近くにいた店員に同じものを頼む



 その後、運ばれてきた唐揚げを初めて食べた、ミリアの「うっまぁー!?」の叫びが響いたとか──

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