第3話 少年と魔狼の王


 迷宮都市メルキド、その名前の由来となる未だ踏破されない巨大迷宮。通称千年迷宮。


 この迷宮には入り口が3つに分かれているという特徴がある。

 初級、中級、上級に分けられた入り口は、初級はもちろん第1層から。中級と上級はそれぞれ第10層と第30層へのショートカットの転移陣が置かれている。

 中級は銀級、上級は聖銀級以上しか入場を認められていない。

 初心者が間違って上級に入ってしまったりすると危険な為、出入り口は厳重に警備されている。


 その為、リオンはミリアが帰ってくるのを上級の出入り口周辺で待つしかなかった。


 「おっそ……バイト間に合うかな……」


 昼間に入場したはずなのに、既に陽はどっぷりと暮れている。


 リオンは出入り口の真ん前で待っていると不審がられると思い、近くの岩場の陰に隠れている。これでも充分不審者なのだが本人は気付いていないようだ。


 更に暫く待っていると異様な雰囲気を感じ取り入り口を確認すると


「ひぃ!! ま、魔獣だっ!?」


「何でこんな所にっ!?」


 リオンが恐る恐る覗くと出入り口を守る衛兵2人に6頭の狼型の魔獣が取り囲んでいる


「くそっ、応援を呼ばないとっ!」


 衛兵が応援を呼ぶために通信用の魔水晶のある部屋へ戻ろうとするが魔獣が立ち塞がる


「ぐるるるるるぅぅう!!」


「ひぃっ!?」


 魔獣が飛びかかったその時、緋色の剣閃が走る


「ワギャンッ!!」


 魔獣はその身体を一撃で分断され、地面に落ちる

 転移陣から出てきた赤髪の少女はそのまま2度3度剣を振ると、斬撃が飛んだかのように離れた魔獣を次々と両断していく。


 残る、最後の1匹も問題無く屠ったその瞬間、その場付近に黒い霧が漂い始める


 黒い霧は徐々に濃さを増していきやがて中央に集まる。その霧が晴れると、そこには全身を漆黒の体毛に覆われている獣人が居た


「ほぅ、まぁまぁやるみてぇだな? ラプロスの奴もなかなか役に立つじゃねーか! コイツがいずれ脅威になるかもしれねぇって奴か!!」


 男は獣人の様な姿形だが、魔人族の容姿は千差万別だ、ほとんど人間と見分けがつかない者もいれば、人型とは掛け離れた容姿の者もいる。この漆黒の毛並みをもつ狼人に似た魔人は、魔人族の国アブへレムの中でも上位に入る強者だ


「獣人? 魔人?」


「カカッ! おい、女ぁ、俺様は単純に強い奴と戦いたいだけだ! 俺様は魔人ガルヴァリオ! 楽しませてくれよぉ? 人間最強!!」


 魔人とは人間よりも、遥かに寿命も長く、魔力、筋力、体格など、全てにおいて人間を凌駕している者が殆どだ。

 しかし、長い寿命のせいか、魔人族は生殖能力が大きく低下。出生率が下がり、そう遠くない未来に絶滅する可能性が高い。

 魔人国家アブへレムは一応魔王という国家元首はいるが、個性の強い魔人族はそれぞれが好きに生きている場合が多い。

 このガルヴァリオもその能力の高さゆえに強者と戦うことを何よりの生き甲斐にしている。


「人間最強? 生憎ね、それは私じゃないわ」


 ガルヴァリオに人類最強と言われた赤髪の少女、ミリアは冷静に否定する

 事実、ユニークタレント【剣聖】は最強クラスのタレントだが、ミリアは一対一で、勝つ事が難しいと思える人物がぱっと思い浮かべれるだけで3人はいる


「カカッ! いーやオマエだぜっ! ラプロスの未来視は良く当たるんだ! 今日、この場所に人間の中で最強になる奴が現れるってよ!」


 ミリアは考える。目の前にいる魔人はかなりの強者だ。溢れ出る魔力も、佇まいからでも実力の一端が窺い知れる。


 ──もしや、私以外に迷宮に潜っている高ランクがいる?──


 もしまだ潜っている高ランクがいるなら早く出てきて欲しい所だが、どちらにせよ戦うしかないと覚悟を決める


 ミリアは腰から赤い宝石の埋め込まれた片手剣を抜き放つ

 小柄なミリアが持つと刀身が長く見える


「レーヴァテイン、行くよ!」


 ミリアが短く呟き、残像が残る様なスピードで一気にガルヴァリオへと肉薄する──


 キィィィィン!!


 直後、硬質な音が響き渡る。ミリアの剣はガルヴァリオの爪に防がれている

 しかし、ミリアも一撃では終わらず、鋭い斬り返しから連続して剣戟を振るう


 「カカッ! いいぞ! いいぞ! 鋭い打ち込みだ! 威力もいいっ! だがっ!」


 幾度もの魔剣と魔爪の応酬、常人には目で追う事すら至難の神速の攻防。

 ミリアの剣戟を受け切ったガルヴァリオの足払い、ミリアはギリギリで躱したが、体勢をくずし──


「喰らえっ! 魔狼吼ビーストロア!!」


 ガルヴァリオは大きく口を開けると黒い衝撃波がミリアを襲う


「きゃあっ!」


 レーヴァテインで防御をするも激しく吹き飛ばされ、迷宮の壁へと激突する


 巻き上がる土煙りの中、凛とした声が聞こえる──


「"滅ぼすぞヴィゾーヴニール、世界樹の光を持って! 明滅する世界、解き放て!" レーヴァテインッ!!」

 

ミリアが飛ばされた方向から激しい光の奔流が立ち上り夜空を明るく染め上げる。


 魔剣レーヴァテインの封印解除の詠唱を唱えると、回避不能、文字通り光速の高密度魔力の斬撃がガルヴァリオを襲う


「グッ! ががぁっ!! グァッッッ!!」


 光に呑まれガルヴァリオの姿が掻き消えていく──光の奔流が収まり、後には抉れた地面の跡だけが残っていた──


「はぁはぁはぁはぁ、ぐっ!」


「お、おい!? 大丈夫か?」


 身体中の魔力を放出したミリアはその場に膝をついてしまう。

 一部始終を見ていたリオンは思わず出てきてしまい、声をかけるがミリアは満身創痍といった体ていだ


「はぁはぁ、何でここに……」


「あっ、いやぁ……偶然? それよりも大丈夫なのか?」


 リオンはバツが悪そうに苦笑いをして、それでも純粋に大怪我を負っているミリアを心配している


「偶然って、ふふっ、そんな訳ないでしょ? あっ!!」


 ミリアがレーヴァテインを杖代わりに立ち上がった所だった、黒い霧が集まり──


「危ないっ!!」


 咄嗟にリオンを突き飛ばしたミリアは漆黒の魔爪に貫かれていた


「カカッ!! さっきのは危なかったぜ! 黒霧化が間に合わなかったらやられていた……カカッ! だがこれで終わりだな!」


 ガルヴァリオが腕を振るとミリアは力無く吹き飛ばされ、地面を転がる


「テメーッ!!」


「なんだ? 雑魚が吠えるなっ!」


 ガルヴァリオの圧倒的なオーラを含んだ一喝になんの魔力もスキルによる武装も無いリオンはガクガクと震えてしまう


「カカッ! この女にトドメを刺すのを、そこで震えて見てるんだな! クカカカカッ!!」


(動けない……凄い圧力だ……ミリアはこんな奴と戦って……そうだ……剣聖!!)


 ガルヴァリオはミリアの前に行くとその右手の魔爪を振りかぶり──


 致命的な一撃が振り下ろされる──

 

 キィィィィン!!


 


 硬質な金属音が響き渡り、漆黒の魔爪をレーヴァテインで受け止めるリオンがいた


「何!?」


「へっ、へへっ、お犬様よぉ、勝利の雄叫びは終わったかい?」


 ガルヴァリオは困惑した、先程迄はこの少年から魔力はほとんど感じなかった。それが今はどうだ、自分を今一歩まで追い詰めた少女と比肩する程の魔力量だ──


「ミリア、この剣ちょっと借りるぜ! この犬っころに負け犬の遠吠えってのを教えてやるからよ! ちょっと待ってろよ」


 リオンはタレント【共有】で【剣聖】を共有していた。

 初めて使う、伝説級の武器、いつも使っている安物の鉄剣とは握り心地も、振り心地も天と地だ。

 これが剣聖の恩恵なのか、武器の善し悪しなのかはわからない──が


「サイッコーに強くなった気がするぜっ!!」


 リオンの剣戟がガルヴァリオを追い詰める


「ぐぅ、魔狼吼ビーストロアッ!!」


「はっ、それはさっき、もう見たぜっ!」


 既に一度見た技をモーションから察知し懐に潜り込む、そこからレーヴァテインを横薙ぎに斬り払う


「グアッ!! くっ、黒霧化──」


「させねーぜ! 魔狼吼ビーストロアッ!!」


「何ィィィ!?」


 リオンは霧化して逃げようとするガルヴァリオにガルヴァリオから共有したタレント【魔狼の王】を使って口から魔力の衝撃波を発する


 黒霧化すれば斬撃は効きづらいが純粋な魔力を衝撃波にしてぶつける魔狼吼は効果が抜群だった


「ま、待ってくれ! もう、動けねぇ!! 助けてくれっ!!」


「テメーは動けねぇミリアにトドメ刺そうとしたじゃねーか!──"滅ぼすぞヴィゾーヴニール、世界樹の光を持って!」


 レーヴァテインへ向けて周囲の風が集まり激しく光を発し始める。正規の所有者を傷つけられた怒りを発散するように、刀身に纏う光の渦を収束して──


「ヤ、ヤメロォォォォォォォオオ!!」


 「明滅する世界、解き放て!" レーヴァテインッ!!」


 超至近距離での魔剣の一撃。今度こそ光の奔流は余す所なくガルヴァリオに叩き込まれ、その身体を一片の塵すら残さなかった……




「はぁはぁはぁ、やっぱ、テメーには吠え面が似合ってたぜっ……あ〜しんどっ!!」


 リオンはそのまま地面に大の字で倒れてしまうのだった





───────────────



 ユニークタレントのオリジナル所持者死亡の為──


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