第8話 ハンバーガーと朴念仁

 王国の騎士団は日々鍛錬を欠かさないものの、実を言うと戦争があるわけではない。もちろんその抑止力としての役割も大きいが、周辺諸国もそれぞれ潤沢な土地柄なので基本的には争う理由がない。では日頃何をしているのか、というと……魔物退治である。

 国に魔法が多くあるせいか、王都にほど近い森の中でも魔物が現れる。その魔物たちから国民や街を守るため、日々鍛え上げているのだった。

「で、昨日近隣に魔物が現れたのですか」

「そうらしい」

 魔物はそもそも通常の獣より体格が大きい。更に魔力を持っているので攻撃に強く厄介な相手だ。普段は森の奥にいるらしいけど、秋になると収穫を求めて人里近くに来てしまうのは、ほかの獣と変わりない。討伐のために騎士団が出る事は割とあることだけど、今回はちょっと事情が違うらしい。

「詳細は言えないが、視察同行をしてくる」

 騎士団の厨房に侯爵様がお見えになったので、みんな少し緊張している。

「わかりました。何かできることはありますか?」

「今日の昼なんだが、持っていける食事を頼む。あー、魔力多めで」

 最近は侯爵様も、ほんのりと魔力を得ているので色々と仕事に幅が出てきたらしい。自分の魔力が役立っていると思うと、嬉しいような大変なような。

「わかりました。早めにお持ちします」

 人数を確認して、調理にとりかかろうと振り向いたら、マシューさんがいた。

「なんだかまだ、ご夫婦って感じではないねぇ」

「ええ、まぁ……普通に雇用主と調理係という感じですね!」

 はきはきと答えて、はぁ、とため息をつかれる。

「あんたらしいね。さてお弁当を作ろうか!」

「?はい、よろしくお願いします!」

 ため息の理由はおいておいて、頼まれた仕事にとりかかる。

 荒く叩いた肉を刻み、硬くなったパンをちぎってみじん切りのたまねぎと一緒に肉に混ぜ込む。調味料を少し足して肉から粘り気を出してよく捏ねて、手のひら大の塊にしてから平たく成型する。これを焼いて、パンにはさむのだ。手軽に肉が食べられるハンバーガーは騎士の皆様にもウケがいい、携帯できる食事だ。

「魔物が早く退治されたらいいんだけどね」

「本当ですね……」

 多少の魔力がついたとはいえ、侯爵様はそういう意味ではまだ初心者レベル。ついていって本当に大丈夫かな、と心配になる。そもそも統括として騎士団のTOPに名を連ねてはいるけれど、基本はデスクワークが主な管理者だ。こちらが不安になるくらいで心もとない。普段見慣れている騎士様たちとは色々と違うのよね……

「なんだ、ちゃんと心配してるんだね。安心したよ」

「え?ええ、そうですね心配です。ぶっ倒れちゃいそうですよね」

 はぁ~~。と、マシューさんが肉をたたきながら、長い溜息をついた。


 ***


 その日の午後、森の中では早々に騎士団が魔物を発見し一仕事し終える。そのまま森の整備や他に魔物が近づいていないか探索をするのだが、まずは昼休憩をしようということになった。それぞれ弁当を係から受け取ると、適当に円陣を組んで座り、包みを開けた。

「どうだ?ラウル。初めての魔物討伐部隊は」

「ああ……やはり厳しいな。でも最近は以前より歩くのも楽になったんだ」

「おっ。早速、内助の功か?」

「いや……ああ、そうかもしれないな」

 身体の中に魔力がある、それだけでも体力の持ちまでもが違うと思う。

「隊員や魔物の有意義なデータもとれたし、帰ったら早速まとめて上に提出しよう」

今回の討伐は、次年度からの新人育成のためにデータを取りたかった。それで自分が同行することになったのだ。

「ああ、そうしてくれ。さて、今日のランチもうまそうだ。いただくとしよう」

「そうだな」

 一人分ずつまとめられた包みの中身は大きなハンバーグをはさみこんだハンバーガーだ。行儀をさておいてかぶりつくと、肉汁がじゅわりとあふれ、ソースと一緒に口の端をこぼれそうになる。指先で拭ってなめとると、うまみを少しも逃したくないと思ってしまう。弾力のある肉を味わってのみこむと、ごくりと音を立てた喉の奥でじわりと"彼女"の魔力が熱を帯びる。腹の中からぽかぽかとその熱を感じて、ほうっと息が漏れた。

「……お前がそんなに物をうまそうに食うのは、あまり見たことがないな」

「自分でもそう思う。ハンバーグは好きな料理だが、これはまた……格別だ」

「俺達はあの子の料理をだいぶ食いなれたし、特に彼女の魔力が混ざる感じはしないんだが……どんなもんだ?」

「……俺の場合も『混ざる』わけじゃない。でも、腹の奥の方でこう、吸い込まれるように消えていくのを感じる。あとは……そうだな、単純に身体が熱くなる感じだ」

 そう言って、また肉にかぶりつく。静かに、でも荒々しく、その魔力が自分の中に沁みとおっていくのを感じる。こんな『食事』は彼女の作る料理以外で感じたことはない。

「この魔力を何年も無駄にしてきていたとは……もったいない」

「おいおい、無駄じゃないぜ。騎士団の厨房にいたんだからな。この魔力は魔物退治や訓練でも十分役立ってたぞ」

 急にそのことを突きつけられ、ふいに温かくなった腹の中がぎゅうと絞られた感じがした。

「……でも彼女を俺に紹介したのはお前だろ」

「そりゃね。幼馴染としてお前がずっと魔力を欲しがっていたのは知ってたしな」

「その割には、何年も黙っていたじゃないか」

「あの子が来たばかりの頃は離婚したてだったし、お前は王位継承権持ってただろ」

「そういうことか」

 なぜもっと早く紹介してくれなかったのか、料理のことを教えてくれなかったのか。そういう疑問があったのだが、理由を聞くとなるほどと思う。それに自分もあの頃なら、今より話を信用していなかったかもしれない。

「でも魔力がもらえることは教えてくれたってよかっただろう」

「それについても不確定要素だったからな。そもそも『上乗せ』のブーストくらいに思っていたし……まさか吸い込めるとは思わんだろ」

 過去、王家に取り入ろうとしたいかがわしい輩は多い。それも踏まえると、どんな能力があるにせよ、下級貴族の娘を紹介するのは憚られたのだろう。

「もう少し早く知り合えていたらな……」

「まぁ、遅くはないだろ。それに身軽な方が何かと便利だと思うぞ」

「便利?」

「結婚、するんだろ?」

「……そうだな」

「あーあ、ブーストくれるはらぺこ姫はもういなくなるのか……」

「はらぺこ姫?」

「騎士団の連中はそう呼んでたな。お前、恨まれるぞ」

「……ふん」

 彼女がここでどんな存在だったかがわかってきた。『侯爵(自分)』相手にも物おじせず、堂々と渡り合ってくるのは、騎士たちとの時間があったからなのかもしれない。

 そう思うと、なぜかまた腹の奥が少しだけぎゅうと絞られた気がした。


 ***


 侯爵様が魔物討伐に行った翌日、私は侯爵様のお邸にやってきた。完成間近の自室の確認のためだ。

 一応まだ婚約中だし、何よりお互い打算の結婚ということもあり、部屋は別々にしてくれたので気楽といえば気楽。しかし今までの寮を思うと広すぎてちょっと不安になるレベルであることは間違いない。

「この半分くらいでもまだ、広いと思うのだけど……」

 大きなベッドと応接セット、キャビネットを兼ねたデスクと座り心地のいい椅子。子爵家にいた頃でさえ個室は寮と大差なかったので、こんな生活は生まれて初めてだ。まばゆさに目をくらませていたら、ノックが聞こえて声をかけられた。

「奥様、ドレスのお仕立てのお時間です」

「それもあったのね……私は厨房に入れたら、それでいいのだけれど」

 本気でそう思っているのがメイドさんにも伝わったのだろうか。お気の毒に……という表情をされながら案内された。でも、応接ルームには街で評判のいいメゾンの店員さんがいて、比較的着回しのしやすい日常着のドレスと、改まったお席用の季節のドレスを2着作る程度で話をまとめてくれた。

「このくらいなら助かるわ、肩ひじ張らなくて済みそう」

「そうですね。また社交シーズンが近づきましたら、どうか御贔屓に」

「ええ、改めてお願いします」

 自分とあまり差のない年齢の店員さんが、きれいな赤い髪を翻してドアを出ていくのを見送る。そのまま(もうすぐ、ここでの生活が始まるんだなぁ)とソファから部屋を眺めていたら、侯爵様が帰宅されたと連絡が入った。

 討伐、もしやすごく早く終わりましたね?


 [続く]

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