第3話 ドーナツ+オムレツ=結婚

 あまりに突然のことに呆然としていると、再度侯爵様が同じ事を繰り返す。

「結婚をしていただきたいのです」

「……どなたと」

「あなたに、私と」

 目の前がチカチカと光って眩しい。リアルに王族の方のオーラを浴びることも稀ならば、面と向かって突然プロポーズを受けるのはさらに稀有なことだ。

「あの……何が、どうして?」

「そうですね、きっかけは昨日のドーナツです」

「どーなつ」

 ドーナツってあれ?あれがどうして?

「騎士団で聞こえてはいましたが、正直眉唾だと思っていました……あなたの作る料理にはあなたの魔力がこめられているということが。しかし、昨日と今日でそれが間違いだったとわかったのです。あなたの料理には、確かに魔力が乗っている」

「は、ええとまぁソウデスネ……」

「率直に申し上げて、それが私の命を救ってくれると思えたのです」

「命……ですか?」

 小さなドーナツや単なるオムレツで、元王族がご結婚を決めてしまうほど?

「昨日あの後、残ったものも家族の前でいただきました。家族にも信じていると思います」

「か、家族って……まさか」

「ええ、兄たちです」

「国王様……ということですか?」

「そうですね」

 次に頭がくらくらするのは、こちらの方だった。一介の調理人がおやつに作ったドーナツを、国王様たちの前でラウル様が召し上がられた……???

「ええと、それで」

「それで、こうして確認がてらお願いに参った次第です」

 確認がてら、結婚の申込みを?

「……あの、大変不躾なのですが……それは『料理人としての私』ではダメなのですか?」

 料理が必要ということであれば、転職ならばと思ったのですが。

「いえ、できれば……というか結婚していただきたい。あなたを拘束する力が欲しいのです」

「こうそく」

 頭の中に物騒な絵面が浮かんでしまう。

「拘束という言い方が悪ければ独占といいますか……ここまで言えばおわかりかと思いますが」

「魔力を他に渡したくないというお話ですね」

「そういう聡明な部分も魅力的な方ですね」

 にこり、と微笑むと独特の圧力を感じなくもない。やはりこの方は王族なのだ。

「あの、質問をしても?」

「ええ、いくつでも」

「ご所望されているのが私の魔力ということですが、私がお渡しできる魔力は基本的には一回限りのもののようなのですが、そこはご存じですか」

「はい。しかし、昨日あなたのドーナツでいただいた魔力は、まだしっかり私の中にあります」

「え?」

「王宮の魔導士にも見てもらいましたが、私とあなたの魔力は非常に相性がいいようで。あなたの魔力を、私は自分のものとして使用することができるそうです」

「そんなことがありますか?」

「私も昨日までは信じられませんでしたが……実際に身体の中にあると、信じざるを得ない」

 そう言われて手を取られる。侯爵様が自分の手のひらからじわりと魔力をにじませるが、確かにそれは自分の魔力の波長だった。

「ほんとう、なのですね……」

「おそらくあなたにとって、今までの事例から見て私以上に相性のいい相手はいなかったのでしょう。前のご結婚含め」

 前の結婚の時は18歳だった。あれから5年の月日が過ぎている。

「お調べになられたのですね。私に離婚歴があることも。ですので、侯爵様とのご結婚は……」

「外聞はこの際、私のプライドと一緒に捨てますよ。そのくらい正直な話、私は魔力が欲しいのです」

「……そんなに?なぜですか?」

「単純な事ですよ。憧れていたのです。周りがみんな強い魔力を持つ中、私はひとり異端だった。そのこと自体は誰も責めもしなかったけれど、私はひとりで勝手に孤独な思いをしていました」

 それを聞いた瞬間、同情に似た気持ちがわきあがるのを感じた。同時に、その思いは不敬だとも思った。

 何よりも、どちらにしても自分は今、この方を理解したいと思い始めている。

「……わかりました。といっても、お断りできる話とも思っておりませんが……父と相談の上で」

「お父様には昨日のうちにお許しをいただいております」

「はい?」

「昨日、早馬を出しまして、子爵ご夫妻に了解を得ております」

 じゃあもう受けるしか選択肢残ってなくないですか???

「ほんとに、私の気持ち一つということですか」

「そうなります」

 話の早い方だとは思ったけれど、戦術に長けておられるのだと感心してしまう。

「騎士団としては痛手なんだけどな」

「だからと言って、君のところで一生面倒が見られるわけでもないだろう」

 隊長とラウル様のその会話に「あっ」と思う。これからの人生、ひとりで行くのもいいかと思っていたけれど……互いに打算だとしても、パートナーがいることもいいのではないかしら?

 そう考えてラウル様を見てみると、何も恐れる事などない気がした。王家の血筋に連なる侯爵閣下。これ以上の嫁ぎ先が、私にこの先見つかるはずもない。

「今週中に答えをもらえると助かるのですが、いかがですか?」

「いえ、わかりました。そのお話……お受けさせていただきます」

 隊長様はびっくりし、ラウル様はほっとしたように微笑まれた。これでいい……のよね?

「休憩時間が終わりますので、仕事に戻らせていただきます」

「うん、ありがとう。改めてまた相談させてください」

 はい、と頷き、食器を乗せたワゴンを押して厨房へと戻る。足元がとてもふわふわしている気がした。

「ああ、おかえり!お話、何だった?」

「マシューさん。私、結婚するみたいです」

「えっ?!だ、誰と!」

「ラウル様と……」

 この時のマシューの言葉では形容しがたい悲鳴は、建物中に鳴り響いていた。


 [続く]

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