第2話 ふわふわのオムレツ
侯爵様のご依頼でお昼を準備することになった。普段の食事でとのリクエストではあるが、騎士団の食事はそれこそかきこみ飯で、元王弟殿下にお出ししていい筈がない……。そう思うと気持ちが沈む。
私の魔力は自分で作る料理に移ってしまう。この魔力を昨日、王族である侯爵様に食らわせてしまったのは記憶に新しい。そしてそのことでおそらく、今から呼び出しを受けているのだ。とっても、非常~~~~に、気が重い。
「エルヴィラ、思い悩んでも仕方ないよ!ちゃちゃっと作って、行っておいで」
「マシューさん……そうですね。がんばります……」
騎士団の食事はほぼ片付き、あとは頼まれている自分を含んだ3人分の食事を作るだけだ。今回はそういうオーダーなので、3人分を付け合わせまで全てひとりで作り上げる。大量ではない料理の場合、1品あたりに注がれる魔力量が多くなってしまうのだけど、そこは隊長さんは仕様としてご存じのはずなので……敢えてそうしているんだと考えよう。
ボウルに卵を入れ、ミルクと調味料を足す。少し空気が入るようにかき混ぜてからバターを溶かしたフライパンに卵液を入れると、しゅわっと音を立てて卵がふくらむ。さっくりとまとめてフライパンをとんとん、と向こうに叩いてやるとゆるゆるまとまって丸くなり、あっという間に黄金色のふっくらとしたオムレツが焼きあがった。集中して作るとやはり、魔力も乗りがいい。
「きれいだねぇ」
「そうですね~上手にできました!」
均一に焼けたオムレツを白いお皿に移し、茹でた野菜と大きなウィンナーを添えた。これにパンとトマトのスープが今日の騎士団のランチメニュー。……きれい、だけど、やっぱりすごく『普通』だ。
「ほんとにこのようなお食事で、大丈夫でしょうか」
「あちらがいいっていうんだし、きっと目的はそれじゃないから大丈夫だよ」
「目的はそれじゃない?」
「いいからほら、急いで急いで!」
何のことかを聞く前に、3人分の食事をワゴンに乗せて厨房を送り出されてしまう。料理を冷めないうちに運ばなくてはならないのだ。
「失礼いたします」
昨日と同じように部屋を訪れると、昨日と同じように応接セットに侯爵様がおられた。
「来たきた。ここまで運ばせて悪かったね。今日もおいしそうだ!」
隊長はいつも通り、本当においしそうだと思ってくれているとわかるが、侯爵様はといえばオムレツを一瞥しただけで、ふいと視線を逸らされてしまう。昨日も思ったけど、つんつんしてるのよね。
「ラウル、食事は目でも楽しむものだぞ」
「わかっているよ、きれいで彩りもいい。でも僕は食べること自体が苦痛なんだ……」
昨日聞いた話によると、侯爵様は私と制反対の子供時代を送ったらしい。
たくさん食べなければならなかったエルヴィラと、食べても吐き続けていたというラウル侯爵。どちらも違うようでいて、同じような苦しみを味わっていたのかもしれない。しかし今はそれはおいておいて、とりあえずご飯を食べてもらいたい、と思い始めてしまった。そんなことを考えながら、テーブルにお料理をセットした。
「私はこちらのワゴンでいただきます」
「だめだよ、ちゃんと食卓について。ラウルの向いね」
えええ。と思いながらも同じテーブルへ配膳する。侯爵様は無関心といった風情だ。
「よし。じゃあちょっと話すけど、ラウルは昨日、エルヴィラのドーナツを食べて昏倒した。その際に感じた魔力をもう一度検証したい、ということでこの席を準備した」
「そうだったんですね。でもごく普通に作っただけなんですが」
「俺も食べたけど、確かにいつもと変わりなかった。変わってたのはラウルなんだ」
「だから確かめに来たんだろう」
なるほどですね、と頷く。
「ではまず、いただくとしよう。いただきます」
「「いただきます」」
スプーンをかちん、と入れるとオムレツはふわりときれいに切れた。中身は半熟でとろりととろけだす。口に運ぶとふわりと甘いたまごとバターの薫り。うん、上手にできた。
向かい合った侯爵様を改めて見ると、痩せてはいるけれど精悍な顔立ち。昨日マシューさんが教えてくれたが年齢は29才らしい。もう少し年嵩に見えるのは、やはり痩せておられるからだろう。食事を口へ運ぶ手は重く、スプーンの先ほどのオムレツを口に入れることも躊躇している。作り手としては残念な光景だけど、そのくらい食事に躊躇があるのだろうか。
などと考えていたら、侯爵様が意を決したようにオムレツを口に運んだと思うと、胃のあたりを抑えた。
「……あの、痛みとかありますか?」
「いや、違う……そうか、これが昨日もあったんだな。君の料理は食べたとたん、身体の中が熱くなる」
「そんなに効くのか?」
ぱくぱくと食べながら、隊長さんがのほほんと聞いた。私の魔力は料理に混ざればほとんど感じないレベルのはずだ。その後に各人に何某かの反応は出るが、痛みなどが伴うことは今まではなかった。
「痛くはないのですか?」
「効く。あと痛みではない。腹の中がポカっと温かくなって、その熱がじわじわと広がっていく気がする」
「その皿、食い切ったら鑑定してやるよ」
「ああ頼む」
味よりも体の調子が気になる様子で、侯爵様はオムレツを口に運んでいたけれど、段々普通に食べられるようになっていくのがわかった。
「さて、一人分食べ終わったな。みてみるか」
「ああ、頼む」
隊長さんが鑑定の魔法を使うと、あたりが少しもやっとした。
「……へぇ。驚いたな、これは……」
「なんだ」
「確かに、ラウルが昨日言ったように……エルヴィラの魔力が彼の中で変化して、定着している」
「定着?ですか?」
自分が料理に乗せた魔力は、通常であれば本人の魔力に上乗せされ、しかもその加算分から使われていくという簡単な物だったはずなのだけど。
「多分、僕がもともと魔力がなかったせいだろう。それにしても不思議だ……」
隊長さんと侯爵様が目を合わせ、それから一緒にこちらを見る。
「え。わ、私は何もしていませんよ?」
侯爵様がこの日初めて、まっすぐに私を見据えたかと思うと。
「エルヴィラ」
「はい!」
「私と結婚してくれないか」
「……………………はい?」
[続く]
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