第4話 チキンとマッシュルームのトマト煮込み

 昨日は足元がおぼつかないまま仕事をしていた気がする。一夜明けても私は私で、まるで昨日起きたことが夢のような気がしてくる。と、ドアがノックされた。

「エルヴィラ、起きてる?」

「ええ、ちょっと待ってね」

 マシューの声がしたので、急いで簡単に身支度を整えドアを開けた。

「おはよう、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないのよ。下に来て!」

「下?」

「寮の入り口が大変なの!」

 急ぎ足で階段を降り始めたところで、寮のホールに所せましと、箱や鞄やリボンのかけられたプレゼント様の品物がずらりと並んでいたのだ。

「エルヴィラ様、おはようございます」

 恭しく頭を下げてきたのはそこに広がる荷物を持ってきた、立派な執事らしい人物。

「おはようございます」

「私はアルドヌス侯爵家の執事でセドリックと申します。この度は当家の当主、ラウル様とのご婚礼に際し、ご準備の品をお持ちしました。どちらへお運びしましょうか」

『婚礼』というセリフに一気に周りがざわめく。

 それにしても『どちらへ』と指示された荷物は、とてもじゃないけど寮の小さな部屋には入りそうにない。

「ええと……セドリックさん?」

「はい」

 所せましと並べられたプレゼントの箱はどれもとても立派なものだった。中身を見ずともわかる。でも、その全てが自分にそぐわない気がしてならない。

「あのう」

「なんでしょう」

「もしかして、私の仕事を早く辞めさせようとしておられます?」

「そういったことは、私共からは申し上げられません」

 わざわざ寮に送ってきたのは強制的に周知させるためでしかなくないですか?

「もしお受け取り行けない場合でも、婚約式のお衣装については必ず置いてくるようにと言付かっております」

 ほら~~~!婚約、って言っちゃった。まわりがまたざわついている。

「わ……わかりました。では、それだけお受け取りいたします」

「ご理解いただき、ありがとうございます」

 またぞろ荷物が運び出され、執事さんたちが引いたとたん。

「エルヴィラ、結婚するの?」

「誰と?」

「そんな相手がいたの?」

 朝から思わぬ騒ぎになってしまった。というか周知されて退路を断たれた気がする。なんというスピード戦略!逃げる気はないけれど、逃げたらどうなってしまうのかしらと考えたくなってしまう……。

 それでもなんとか片付けを終え、仕事に向かう。いつもの制服に着替えて挨拶をしたところでようやくほっとした。

「あんたも大変だねえ、急に」

「マシューさん、すみません。朝からお騒がせしてしまって」

「まぁ、いいさ。今は自分の仕事を優先しなさい」

「はい。ありがとうございます」

 ひとまず、今日の昼ごはんは私も大好きなチキンとマッシュルームのトマト煮込みだ。気分を切り替えていこう。

 チキンはフォークをたくさん刺してから一口大に切り、塩をふって小麦粉をまぶしておく。バターでマッシュルームと玉ねぎを色づくくらい炒めたら取り出し、その鍋でチキンを焼く。この時皮に焦げ目が軽くつくくらいが理想だ。あとはマッシュルームを戻し、さいの目にきったトマトとワインを入れて煮込み、塩コショウで味を調えたら完成。簡単だけど後を引くおいしさで、これも騎士団の食堂ではかなりの人気メニュー。

「おっ!昼にこれが出ると嬉しいね」

「ごちそうさまー、おいしかったよ!」

 そう声をかけられて、今日も仕事をできたことにほっとする。私はあとどのくらい、ここに勤めていられるのだろうか。


 ***


「返してきた?」

「はい。しかしお言いつけのとおり、婚約式のお衣装と付属品はお受け取りいただきました」

「で、他はそのまま、か」

 ラウルの屋敷には朝出て行ったはずの荷物が、ほとんど帰ってきていた。婚姻を申し込んだ側として最低限のことをしたつもりだったが、どうやら相手には過分だったらしい。

「ドレスも見ずに返すとは……やはりちょっと風変りな令嬢のようだな」

「ええ、でも常識がないわけではございませんし、失礼な言い方ではございますが、みすぼらしい訳でもなく、私たちはほっといたしました」

 執事が表情を変えずにそう述べると、ラウルはソファに深く沈みこむ。

「贈り物を受け取ってもらえなかったのは、初めてだな」

「堅実で、よい奥方になられるかもしれません」

「まぁ、最初だけかもしれないがな」

 女性の悪性というものを、年齢なりに見てきたつもりだ。最初は清楚で勤勉に見えた令嬢も、付き合いを進めるうちに贅沢に慣れていくものだ。それもまた可愛げでもあると思う。

 しかし今回は与えるばかりではなく、彼女から相応の対価『魔力』を受け取るのだから、こちらとしても最大限の誠意を尽くしたいと心から思っているのだ。

「お飾りの妻にするつもりはないが、互いが打算であることは承知の上だ。普通の夫婦としての仮面を被ってもらうからには、こちらとしても対価を受け取ってもらわなくてはな……」

「何かいい案がございましたら、お知らせください」

 わかった、というように手を振ってセドリックを下がらせる。さて、いったいどんな物なら彼女は喜んでくれるのだろうか……?しばらく観察が必要なようだ。

[続く]

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