第3話 好きになる音
あれから数日、特に何か発展があるわけでもなく、ひたすらにお互い趣味の話をしている。
あれ?私の事もしかして異性だと思ってないの……?と若干自分の価値に疑問を持つ程には、特に何も聞かれなかった。
『あの』
『?どうかしました?』
『いやその、てっきり質問攻めにされたりだとか、プライベートの事とか聞かれたりするのかなーって思ってたので……その、気にならないのかな?みたいな』
『あ、あー……すいません、ここまで話が合う人初めてで!そうですよね、ちゃんと相手に興味持たないと失礼ですよね!』
つい、聞いてしまった。いやこれは私が聞いてほしそうにしてるだけじゃないか?
『あぁいえそんなつもりじゃ……!』
『大丈夫です、ついお話が楽しくて頭から抜けちゃってたというか……えっと、じゃあ……えっと……』
『えーっとぉ……』
途端に会話のスピードが落ちる。対面なら気まずい空気のままお互いもじもじとして無言の時間が続くのであろう。
『僕も初めてなもんでこういうの、何聞けば良いのかわかんなくて……笑』
『あぁー……じゃあ、自己紹介とか……します?』
『そうしましょうか笑』
そうして無難な会話が繰り広げられる。呼び名だとか、年齢だとか、身長体重だとか……そんな、プロフ見ればわかるような会話。
『……あと、はー……』
『あのー……やっぱり、普通に話してる方が性に合ってるのかもしれませんね……?』
『私もそう思います……』
『あ、でも――』
楽しくない、と言えば正直そこまで楽しくはない会話。自分の事について聞かれて話すというのは、別に嫌ではないが特別話したくも無いというのが本音。はて、聞いて欲しい気もしていたはずなのに、これは面倒くさい乙女心というやつなのか。
『その、何が好きかーっていうのは凄く気になります』
『あー……好きなもの、ですか』
『はい、それを語ってる時が一番楽しそうなので!』
その言葉に思わず顔が赤くなる。そんなに態度に出てしまっていたのかという、自覚なきがゆえの恥ずかしさと。
(私と同じ事言ってる……)
と、大親友様相手に話した事がそのまま自分に返ってくるという恥ずかしさである。
『えっと、じゃあー……あ、あれとかは男の人好きそうだけど』
『そういうの気にしなくても大丈夫ですよ、もしかしたら知ってるかも知れませんし?』
『えっとじゃあ―――』
そうして誰も知らないだろうな、というような好きなものを出してみる。古い作品だし、そこまで知名度も無い。
『あー、聞いたことあります!確かうちにあった気が……ちょっとまっててください!』
「ぁえ……知ってるの……?」
そうして暫く、4,5分程度の間を置いて返信が届く。古ぼけて色落ちしているが、たしかにその作品のおもちゃだった。
『これですよね!?昔の作品で親が見てたのを一緒に観てた記憶があります』
『おぉ……私と一緒ですね、親が観てたのを一緒に観てて、好きになりました』
『どんな所が好きなんですか?』
思ってもみない盛り上がりを見せる会話。有名どころの作品であれば語り合えるまではいかなくともそれなりに話せる人はそこそこ居る。
けど、こうやってマイナーな作品を詳しいとは言えなくても知っている人相手に話せるのは初めての体験で、つい熱が入ってしまった。
『って感じで、子供心にちゃんと理解はできてなかったんだけど、ちょっと成長してから見ると深いなぁって感じる事が多くて!』
『大人になって再発見する魅力ってやつですね、わかります』
『私はテレビで観てたので、割と最近全部買い揃えることができたんですよ~』
『おぉー、じゃあ見返したりしてるんですか?』
『んー、見るタイミングがいまいち無くて全部は見返せないですねぇ』
そう言って買い揃えた作品が並んでいる所を見る。最初は見かけたら買って、というのを繰り返していた事もあって中途半端な所で視聴を止めていた事を思い出す。
『じゃあ、一緒に観ませんか?』
『一緒に?』
『はい!と言っても多分全部は揃ってないんで、揃えてからになると思いますけど』
一緒に見る。その提案に少し驚いてしまう。
普通、話を合わせてそこで終わりだろう、相手が語っている事を聞くだけでも相手は満足するのだから。
『えっと……い、嫌じゃなければ?』
『こっちが提案してるんだから嫌じゃないですよ笑』
『それなら……うん、一緒に観たいな』
そうして初めての約束事をした。好きなものを誰かと楽しむ、行為そのものは数少ない友人と経験している。
ただ、そのどれもが当たり障りなく……言ってしまえば「大抵の人が好き」というもの。流行り物の食べ物、流行り物のドラマ、流行り物の動画……皆がみてるから私もみてみた、その程度のもの。
『じゃあ取り敢えず今ある分で、時間が取れる日にでも』
『あ、じゃあ今度の日曜日とか……』
『はい、その時間で大丈夫です!じゃあ、予定空けておきますね』
約束をすれば次に予定を決める。こういう約束ははやいに越したことはないと、次の日曜日という時間を挙げてみると、すんなりとその日に決まってしまった。正直少し心の準備が出来ていない気もするが、ふわふわとした感覚のまま自分が提案した日にちで決まったものを「やっぱり無しで!」なんて言えるわけも無く。
(約束……かぁ)
改めて意識をすると、少し頬に熱が籠もる。ベッドに寝転がったまま、両手に持ったスマホを上に掲げ、どこか一歩進んだような達成感に浸っていると、通知が来る。
「いっっ……!!たぁ……」
それに驚き、スマホを顔面でキャッチして悶絶、一分程度痛みに悶えた後、涙目で画面を確認する。
『一緒に観る日を楽しみにしてますね!』
ぴこん、と鳴る通知の音。きっとこれが相手を好きになる音なんだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます