第2話 袖を掴む

「ふふー」

「今日は機嫌が良いね親友」

「えっ、そうかなぁ」

「ちょろい君の事だ、どうせ好みのイケメンに声かけてもらってあっさりと連絡先交換したりでもしたんだろう」

「んなっ!?そ、そんな事……な、ない……わけでもない……」

 翌日。大親友と共にカフェで食事をしていると機嫌を指摘される。まるで私があっさりと連絡先を引き渡した軽い女、みたいな言われように否定しようとするが、散々葛藤したとはいえ、事実その日の内に連絡先交換してるんだから否定のしようがない。


「そういうそっちはどうなのよー、そもそも教えてくれたのだってそっちなのに」

「うん?連絡先なんて交換してないよ、面倒くさい」

「へ……?ひ、1人とも?」

「うん、1人とも。ほら、見るが良い」

 そう言って大親友が手に持っていたスマホをこちらに向ける。本当に必要最低限のツールやコミュニケーションアプリと、大量のゲームアプリ。

 次に連絡先、電話帳と唯一存在しているコミュニケーションアプリを開いてみせれば、燦然と輝く「母」「父」と私。


「……人のこと言えないけど、もうちょっと人間関係構築した方が良いと思う……」

「私には親友が居るから大丈夫だ」

「……私にそっちの気は無いよ?」

「私にも無い」

 私自身も友達はあまり多くはない、とは言え自分以外の人間と話している所すら見ないのだから、我が大親友様の事は心配にもなる。顔は悪くないのに……。


「で、だ」

「ん?」

「良い男か」

「っ!?っく、げほっ……ごほっ!も、もう、飲んでる時にやめて……ぇふっ」

「そこまでむせ返るほどの事かね」

 話を切り替えられたと思ったら秒で元の話へと戻される。咥えていたストローから吸い上げていた液体は見事に気管へ侵入し、むせ返ってしまう。


「ふー……はー……はぁ」

「いいじゃないか、教えてくれても良くないか親友」

「べ、別に……普通だよ?普通に、話が合うなーって」

「具体的には?」

「え、えっと……ちょっと昔のアニメについて話せたり、感動できるポイントが一緒……だとか」

「感性が近いと、他には?」

「……好きなものを、本当に好きなんだなぁって感じに話してくれる」

「なるほど」

 大親友の残酷な尋問に洗いざらい吐いていると、顔が熱くなる。別に恋なんてしているわけじゃないのに、こうして詰められると小っ恥ずかしくなってしまう。


「なによ」

「いいや?親友が楽しそうでなによりだ」

「くっそ……無表情の癖に絶対にやにやしてる……内心で私を嘲笑ってるんだ……!」

「そうだよ」

 この極悪非道、冷血無情の大親友様はこういう所がある。そして人に聞くだけ聞いて自分の事は話さない、いつものことだ。


「私だけ聞くのはフェアじゃない」

「世の中は不平等だね」

「話せっつってんのー!」

「何をかな」

「お前があのアプリで誰と知り合ったか!」

「なんだそんな事か」

 ほらこれだ。のらりくらりとかわそうとする。ただ、本当に嫌なら表情に出る……ようするに私で遊んでいるのだろう、むかつく。


「まぁ別に構わない。といっても適当に会話してるだけだ」

「例えば?」

「知見を広げて深める」

「具体的に」

「特定分野に造詣の深い人と会話して、専門的な話を聞く」

「なんでまた……」

「そういう人を探すのは面倒だ、見つけたとして話が聞けるかも別。けどこれなら大体は話したがりだから聞いていれば話してくれる」

 つまりこいつは本当に色々な話を聞くためだけに利用しているという事かい?


「じゃあ、連絡先交換してもっと聞きたいとはならないの?」

「大体聞いたら後は自分で調べられる。興味の入り口が欲しいだけ」

「相手が可哀想なんだけど……」

「じゃあ」

 まるで道案内を聞けば後は自分で行くから良いですと言わんばかりの言い草に少し同情心が芽生えてしまう。ため息混じりにやれやれと首を振ると、席を立った彼女は机に手を置いて前のめりになり―――


「君は私が男と楽しく話してる所、みたい?」

「へ……はえ……!?」

「冗談、そっちの気無いとか言っておいて動揺するんじゃないよ親友」

 綺麗な青みがかった黒い瞳がこちらを見つめ、熱の籠もった声音で寂しそうに尋ねてくる姿に思わずドキッとしてしまう。こういうのをギャップ萌えというのだろう、悔しい。


「く……ぅ、また馬鹿にされたぁ……」

「私が自分の興味ある事にしか意識を向けない事は良く知っているだろう、だから聞くまでもない事だったんだよ親友」

「それは、そうだけど……でも、いい人とか居ないの?性格は最悪だけど見た目だけなら良いじゃん大親友様」

「お、直接的に罵倒してきたね。けどそれは私に言われても困る。人間の外見なんて性別の違いと年齢の違いくらいしか見分けられない」

「もうちょっと人に興味持とうよ……」

 曰く、彼女にとっては同年代の男子や女子は同じような顔に見えるという。実際過去に彼女が色々な人と話さざるをえない時にからかいに行ったら私だと気づかれなかった事がる。


「私の事は良い、君の事だ。警戒心がカカポレベルのちょろあま女」

「おっ、やるか」

「恋愛経験皆無のクソ雑魚なんだから悪い大人に騙されたら一発でアウトだろう」

「べ、べつに恋愛経験無いのは私が悪いわけじゃないんですけど!?」

「取り敢えずすぐ会おうとしたりおだてていい気分にしようとしてくる相手には気をつけろ」

 言葉による軽い殴り合いをしながら注意喚起を受ける。別に私だって警戒心が無いわけじゃない。すぐに絆されるといえば……そうかもしれない。


「……そう言えば」

「?」

「あまり私について聞かれてない」

「それはどういう?」

「ずっとアニメとか、お菓子の話してた!」

「えぇ……」

 呆れるようなため息と共に、そこで会話は一旦終了した。残りの時間カフェで飲み物と軽食を楽しみつつ、特に会話もないのんびりとした時間を過ごし、そろそろ帰ろうと立ち上がった時―――



「私は君の親友だから、忘れないで」

彼女は初めて、自分から私に触れるように袖を掴んだ。

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