遠い身体、近づいていく心

夜鷹之

第1話 心の一歩

きっかけはとても些細な事だった。


「暇だぁ……」

 稀によくある、そんな矛盾した表現が適切になるような頻度で訪れる”暇を持て余す”というタイミング。

 やることはきっと沢山ある。できる事も絶対沢山ある。でもやりたいわけじゃないんだからしょうがない。


「……話し相手、欲しいな……」

 そして決まってこういった時には人恋しくなる。友達が居ないわけじゃない、話す人が居ないわけじゃない。

 でも、常に誰かと話せるわけじゃないし、なんでも話せるわけじゃない。

 そんなないないないと悩む日々は、いつもならそのまま何もなく終わってしまうものだった。


「そういえば」

 ふと脳裏によぎる。ネットで話し相手探してみたら良いんじゃないか。

 知らない人は怖いけれど、インターネットの世界は物騒だけれど、それでも未知の世界というものには少し心が惹かれる。


『我が大親友!』

『何?』

『この前言ってたアプリ教えて!』

『説明責任を果たせ』

『暇だから話せる人を探してまして』

『あい』

 思い立ったが吉日。すぐ側に落ちていたスマホを手に取ると早速友人に連絡を取る。いつも通りの雑な絡みでアプリの情報を入手すると、早速インストールを行った。


「プロフプロフー……話通じない人とか嫌だし、ちゃんと書こっと」

 インストールも一瞬で終わり、いざ起動。色々と設定する事があってはやくも面倒くささが込み上げてくるが、ここで投げ出した所で暇な日常が戻ってくるだけ。

 こういう所でプロフィールを適当にすると、いい人に会えないんだーと我が大親友は語っていた事を思い出す。


「『趣味の合う人と楽しくお話がしたいです』……っと、こんなもんかなー」

 好きなもの、嫌いなもの、したいこと、したくないこと……色々な事をまとめて、なるべくくどくならないようにって、伝えたいことをまとめる。


「ふー……」

 プロフ画像に本人確認だったりと色々な設定も終えて一段落。なんだかそれだけで達成感を感じてしまう。……いやいや、目的はそうじゃないと、広げた手に持っていたスマホへ視線を移す。


「……やっぱり自分で探した方が良いのかな」

 待っているだけというのは楽である。話しかけられるのを待っているだけで良いし、自分から行ってフられる事もない、実際低リスク。

「………」

 そして当然低リターンでもある。なにせ話しかけてくる人がいい人だって可能性はそんなに高くない。自分の理想の話し相手が向こうからやってくる……なんて、夢見がちな事は言ってられない、そんなんだから友達が少ないのだ。


「へー……結構イケメンが居る……って違う違う、顔で選んでどーする私」

 そうしてプロフィール検索でだらーっと流れるプロフ画像を流し見する。写真なので加工されているのも混ざっていたりはするのだろうが、ちゃんと撮っている人も結構いるもので、いつの間にかそこそこの時間を使って眺めていた。


「趣味が合う趣味が合う……アウトドア系の人多いなぁ、やはり陽キャしか勝たないのか……」

 別に外に出て遊ぶことは嫌いではない、嫌いでは無いが疲れるしそういった事をする友達くらいは居る。

 欲しいのは話相手なのだ、趣味が合う。そう誰にも聞こえない愚痴を脳内でつのらせながら、指を動かしていると通知が来た。


「んぇ、びっくりしたぁ……。えーっと……トサキさん?」

「……なるほど、なるほど……?あれ、悪くない……」

 送られてきたメッセージの内容を確認する前にまずはプロフチェック。親友は言っていた、最初のメッセージはどうせ定型文か社交辞令挨拶だからプロフを見たほうが確実だと。

 そうして黙々とプロフに書かれている事を確認していると、なるほど存外悪くない。というか同じタイプの人種では……?


「……返してみよう、かな」

 悪くはない……というか、むしろ良い。それでもやっぱり初めての事は不安や恐怖が勝る。もし書かれているプロフが虚偽だったら?もし個人情報を悪用されたら?そんな不安で指先が震えてしまう。


「ええいままよ!なるようになれー!」

 しかし、始めたのは自分なのだから怖気づいてどうするのだと、自分を奮い立たせる。

「『初めまして!メッセージありがとうございます~!同じ趣味でびっくりしちゃいました、是非お話してみたいです』……こんな感じ、かな」

 何を書いても間違っているように思えて、何度も書いては消して書き直し、たまに全く同じ事書いては消してを繰り返す。

 結局さっぱりとしたメッセージになったが、もうどう書いたらいいのかもわからないので、これで送る事にした。


「ぁ……」

 ドキドキしながら返事を待つ。それはまるで恋をしているようで、不安と期待が入り混じったそれは間違いなく近しいものなのだろう。錯覚なのだが。

 それでも、数分後返事が届いた時は少し胸が高鳴った事を覚えている。


『こちらこそ、返事してもらえてとても嬉しいです。初めてメッセージ送ってみたので無視とかされちゃったらどうしようかなって笑』

『私も初めて!初めてどうしですね~』

『ですね笑それで、プロフみたら○○が好きだって書いてあって、同じ趣味だぁ…!って思ってつい衝動的にメッセージ送っちゃいました』

 他愛のない会話が始まる。知らない人との初めての会話。いやお互い顔はプロフでなんとなく知っては居る。けれど、なんの関わりも無かった人。


『―――で、この回でもう涙腺が限界にきちゃって笑』

『わかります!私はその前の回からゆるゆるになっちゃってました笑』

『実際そうなります笑……あ、良いところであれなんですけど、ちょっと話過ぎちゃいましたね』

『?何か用事とか?』

『あぁいえ、男性ユーザーだとポイントがカツカツで笑つい話し込んじゃったのでもうちょっとしか残って無くて』

 暫くメッセージのやり取りをしていて、相手の言葉でふと思い出す。そういえばポイントなんてものがあったな、と。

 大親友いわく、こういうアプリはユーザー数確保のために女性ユーザーは男性ユーザーより色々と優遇されているのだと。そして自分のポイントを確認してみれば、なるほど減っていない。


『わわ、気づかずに話し込んじゃってごめんなさい……!』

『いえいえ、自分も楽しかったのでつい笑』

『そこでなんですが、もし良かったら別の所で……話しませんか?』

「ぁ……え……?」

 思考が一瞬停止する。確かにこうしてお話できるお友達が欲しくて、寂しさを埋めるためにスマホを手に取った。

 しかしいざ連絡先を交換するとなると、途端に迷いが生じてしまい、及び腰になる。


『あー……えっと、その……私ももっとお話したいんですけど……その、ちょっと考えても良いですか?』

『流石にいきなり過ぎましたかねー?大丈夫ですよ、まぁいざとなったらポイント買うんで!』

『ごめんなさい……嫌だってわけじゃなくて、初めてだから怖くて……』

『当たり前の事だと思います笑』

『じゃあ、ちょっと考えてみて、もし交換していただけるなら一言ください笑』

 二つ返事で「はい」とは言えなかった。指が震え、どうしようと悩みで思考がぼーっと揺らぐ。

 何も無かったのだと、逃げ出してしまえばこの不安な気持ちは無くなってくれるだろうか?


(――いや)

 これは私が望んだこと。なのに日和って逃げるなんてカッコ悪い。

 自分をそう奮い立たせるまでに一時間。覚悟を決めるのに30分、そして3分後にメッセージを送る。



 そうして、心が一歩進んでいく。

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