第二章 掃い屋と幽霊

2-1 癒しの加護

 世間という社会が人々の協調と協力によって成り立つように、自然という世界は七耀しちようの精、耀精ようせいたちの調和と均衡によって成り立っている。そして、この無数にいる超実存的存在を統率しているのが七柱の耀精王ようせいおうで、彼らは一日ごとに交代しながらこの世界を守護しているという。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 月耀日げつようび


 正午前から土砂降りになってきた通りを、一組の男女が並んで歩いていた。レインコートを着た男がアリウス、傘を差した女がリーラだ。


「――七、という数からも分かるように、耀精王ようせいおうは自然界の根源である七つの光それぞれを代表する、と同時に管理役も担っている。つまり、七柱全ての力を借りることは世界のことわりそのものを味方につけるといっていい」


「呪いを解くのも世界の手助けがあればこそ、ってことか」


「そう」


 二人が話題にしているのは、これから始める七耀参しちようまいり。


少年の背中に取りいた骸骨をはらうにあたって、道すがら臨時の耀精ようせい講座を開いているのだ。


「――だから、世界を味方につけるといっても、そんな大袈裟おおげさな儀式や呪文は必要じゃない。大事なのは心……どうしたの?」


「いや、ちょっと、寒気が」


 ぶるり、と身体を震わせながらアリウスは答えた。するとリーラも、顔に心苦しそうな表情を浮かべる。


「それは……どうしようもない。着ているものを増やせば暖かくなる、というものじゃないし」


「うん。分かってる」


「でも、だからこそ体調の変化には気をつけて。あなたはこの一週間ずっと骸骨の姿をした怨念を背負っていたんだから。肉体的にも精神的にも、見えない疲れが相当たまっているはず。今風邪を引いたりしたら命に関わる」


「そ、そこまで悪いの!」


 死の危険があると告げられ、動揺した少年はつい彼女に詰め寄った。レインコートをらす雨粒が跳ね、リーラの顔に水滴が掛かる。だが当人はむしろ、弟に不安をあおってしまったことに焦りを見せた。


「あ、いえ。すぐにどうこうというわけではないの。ただ、気力体力ともに低下しているようだから、一度体調を崩せば回復するのも難しいという話」


「な、なるほど……」


「身体にかける負担はできるだけ減らすべき。……うん。雨にも、あまり当たらない方がいいかも」


 口早に言いながら、リーラはその手に握った傘をアリウスへ向け差し出した。すると、今まで間断なくレインコートを叩いていた雨粒が途切れ、身体に感じる寒気が少し和らいだ。どうやら体調の悪化は雨の影響もあったらしい。


「あ、ありがと。リーラ姉」


 少しばかりの気恥しさを覚えながら、二人並んで雨の道を行く。ほどなくして、三本の通りが集う交差点にたどり着いた。


「ここ、だね」


「そう」


 真北の角に、雨除あまよけけの囲いに覆われた小さなほこらが建っている。陰の光、影と闇をつかさど月耀王げつようおうの聖域だ。


「それでは、七耀参しちようまいりの第一番を始めます」


「う、うん」


「御堂の正面に立って。胸の前で手を組んで」


「こう?」


「ちがう。こう、もう少し上。お祈りだから掲げるように、厳粛に、真剣に。アルの命がかかってる」


「は、はい」


 大袈裟おおげさな儀式や呪文は必要ない。とは言われたものの、やはり大ごとだ。事の重大さを改めて認識した少年は、隣で見本を示してくれる占い師の娘に倣う。


「偉大なる耀精ようせいの王よ。太祖たる七耀しちようの化身よ。御身のかげなる輝きにて、うつろなる現世うつしよを照らし、万象をあらわし給え。……はい、復唱」


「え? ええっと、い、偉大なる耀精ようせいの王よ。タ、タイソウたる……」


「たいそ」


「タ、タイソたる七耀しちようの化身よ……」


 何度か詰まりながら――あまりにひどい場合は初めからやり直し――祈りをささげる。一通りどうにかやり通したところで、リーラが傘を握る手に力を込めながら言ってきた。


「どう?」


「うん……?」


 その簡潔な問いにアリウスは首をひねった。彼女の質問の意図が分からなかったわけではない。どう答えるべきか迷ったのだ。


「アリウス?」


「……うん。なんか体が軽くなった気がする」


「そう。……よかった」


 ホッとした表情を見せるリーラ。耀精王ようせいおうの加護などより、むしろその控え目な笑みに少年は癒された気分になった。

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