1-3 儀式の前準備

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。しかし目の前の現実は変わらない。両腕でバツを作ったリーラが、早く呪いを解こうとはやる義弟を制止する。


七耀しちようの力が強い場所を教えるのはダメじゃない。けれど、七耀参しちようまいりを一日で済ませるのはダメ」


「なんで?」


七耀しちよう耀日ようびによって強さが違う。それぞれの王に対応する日に祈りをささげないと、加護が薄くなる」


「わ、わかった」


「今日は月耀げつようだから月耀王げつようおう。場所はサロス通りの三叉路さんさろ辻堂つじどうのあるところ」


「ああ、あそこ」


 アリウスは、なだらかな坂道を下った先にある小さな御堂の姿を思い浮かべた。歴史あるこの街でも、特に古い時代に起源をもつ地区の中心だ。


 あまりにも古い土地なので、その御堂以外に往時をしのばせる物は残っていない。むしろ、今風な造りの家の方が多いとさえ言えた。だがそれでも、注意深く観察すれば古代の石垣や石壁を流用しているのが分かる建物も少なくない。


(あの独特な雰囲気の中でなら、耀精ようせいと交流できてもおかしくない、かな)


 心の内で自分なりに考察していると、リーラが力の籠った口調で言った。


「それじゃ、行こう」


「え?」


「ん?」


「来てくれるの? 寝てる途中で起こしちゃったの俺なんだし、もう一度ベッドに戻ってくれても……」


 睡眠の邪魔をした手前、アリウスもそこまでしてもらうのには気が引けた。しかし義弟の保護者を自任する彼女は、真剣な表情で告げる。


「かわいい弟の一大事。のんきに二度寝してる場合じゃない」


「リーラ姉……! あ、ありがと」


 思わずじんときて礼を言う。だがその時すでに、彼女はくるりと背を向けていた。


「すぐに支度するから、ちょっと待って」


「分かった……って、待って待って」


「?」


 寝間着代わりのシャツを脱ぎながら部屋をうろつき始めた美女を、少年は必死の思いで止めにかかった。


「着替えるの待って! 一緒に来てくれるのは嬉しいけど、その……」


「この格好のままがいい、と?」


「そうじゃなくて――ああ! 俺、外で待ってるからっ!」


 アリウスは半裸になったリーラの姿を極力視界に入れないようにしながら、大慌てで部屋を後にした。そして玄関を出ると、足から崩れ落ちるようにしてアパートの通路に座り込む。入れ替わるように、水路の欄干上で身を丸めていた子猫が上体を起こした。


「ニャ!?」


「あ、ごめん」


 驚かせてしまったことを謝りながら、アリウスは玄関のドアに背を預けた。ここのところ途切れることなく続く倦怠感けんたいかんに加え、謎の疲労が全身をむしばむ。


「なんか……どっと疲れた」


「ニャー」


 少年のめ息を受けて、子猫が同情するように小さく鳴いた。

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