1-2 呪いの解き方

 とりあえず落ち着け、ということでリーラと一緒に遅めの朝食をとることになった。もっとも、アリウスにとっては早めの昼食だが。


 簡素なテーブルに、やはり質素な食器が並べられていくさまを、客である少年は椅子に座ったまま居心地悪く眺めていた。


「はい、フォーク」


「ありがと」


「スープはこれぐらい? それとも、もっと多い方がいい?」


「うん。それぐらいでちょうどいい。朝食べてからそんなに時間ってないし」


「そう」


 手伝いを申し出たら、病人に無理はさせられないと言われてしまった。背に骸骨を負っていると知ってから不安の募る一方のアリウスだったが、部屋の主は飄々ひょうひょうとしたものだ。食事の後、珍しく自分からお茶を入れてくる。


「お砂糖は一さじ?」


「え? いや、いいよ。別にそんな気を遣ってくれなくても。それにわざわざ沸かしてくれなくても水で十分、砂糖だって安くないんだし――」


「だめ。今のアルは体が弱ってるから、身体は温かくしておいた方がいい」


「う……」


「それに、疲れているときは甘いものが一番」


「はい……。あ、おいしい」


 常と変わらない、しかし気遣いに満ちた義姉の態度にようやくアリウスも落ち着いてきた。食後のお茶を味わう余裕も戻ってくる。すると、そこを見計らったように質問が飛んできた。


「ここ最近、なにか変わったことはなかった?」


「なにかって?」


「なんでも。どんな些細ささいなことでもいい。心当たりはない? 幽霊を見たとか、耀精ようせいの声を聞いたとか、呪いのつぼを拾ったとか」


「……」


 あいにく、どれも心当たりはない。だがつぼと聞いて、はらい屋の同僚が貯水池の清掃終了間際に似たようなものを見つけたという話が思い浮かぶ。それに引きつられるようにして、アリウスの脳裏にある記憶がよみがえった。


「この間……一週間ぐらい前かな。トレミー湖の大さらいがあってさ。排水口の標識を新しいのと交換したんだ」


「うん」


「古い方は回収しなくちゃいけないから舟に引き揚げて。それから撤収作業にかかろうとしたら、根元にペンダントが絡まってるのを見つけた」


「ふむ」


「で、とりあえず汚れを落とそうと思って。雨で洗おうとしたら……割れちゃった」


「それだ……」


 話を聞いたリーラが苦い顔を見せた。普段は表情の変化に乏しい女性だけに、なにか不穏な事態を強く感じさせる。言い知れぬ不安に襲われたアリウスは、恐る恐る尋ねた。


「それって、ど、どれ?」


「そのペンダントに、持ち主か誰かの未練が籠っていた。それで、器の役割をはたしていたペンダントを割ったアルに乗り移ったんだと思う」


「乗り移る? 他人の未練が?」


「イメージしづらいなら、怨念って言い換えてもいい」


「ああ、なるほど。それなら分かりやすい……って、怨念?!」


「そう。その骸骨は、おそらく湖で亡くなった人が遺した負の感情の塊。だから体の調子が悪くなる」


「お、俺、もしかして……。今、呪われちゃってる?」


「正解」


「なんってこった……」


 姉弟きょうだい同然に育ったこともあって、この占い師ひとの実力は身に染みるほど知っている。冗談でもなんでもなく、背中の骸骨は本物なのだ。がっくりと肩を落としてうめく。


「ちがうんだ」


「ん?」


「俺はただ、きれいにしようと……。もしかしたら、持ち主の手掛かりがあるかもしれないって思って。別にペンダントをどうこうする気は……」


「分かってる。アルはネコババするような子じゃない」


「リーラ姉!」


「でも、幽霊に理屈は通じない」


「それは……そうだよね」


「元気出して。解決法はちゃんとあるから」


「ほんと!?」


「うん。占い師は嘘つかない」


「うわああ!」


 精神的な重圧から解放され、アリウスは思わずリーラに抱きついた。そのまま幼子のように彼女の腕の中であやされること数分、ようやく落ち着きを取り戻す。そして我に返ると、そくさと義姉から距離をとった。


「もう終わり?」


「な、なななんのこちょっ!?」


 んだ。


 気恥ずかしいことこの上ない。だが当の相手は構わず、腕を広げて待っている。


「ん」


「いやいやいや」


 この姉は何かにつけて保護者ぶろうとするのだ。どうやら、今は亡き両親から養子である弟を託された責任感からのようだが、しかしアリウスももう子供ではない。意地でも甘えるわけには、と強引に話を進める。


「そ、それで呪いを解くにはどうしたらいいの? なにかおふだとか呪文とか?」


「そういうのはない。むしろ、必要なのはアル自身」


「俺?」


「そう。その背中にいる霊をはらうための儀式を、アルが自分で行うの」


「儀式? それって……」


 身代わりとして生贄いけにえでもささげるのか。


 ギシキという響きに釣られ浮かんだ発想に、知らず眉間にしわが寄る。するとその表情を読んだのか、リーラは手を振って否定してきた。


「そんなおどろおどろしいものじゃない。どちらかと言うと、古式ゆかしい伝統行事」


「伝統行事?」


七耀参しちようまいり」


「お参り? 神頼みなの!?」


「ここまではっきり出ていると、下手にはらおうとしない方がいい。耀精王ようせいおうの力にすがった方が確実」


「わ、分かった……」


 思ってもみなかったやり方に驚いたが、冷静に考えてみれば至極まっとうな方法だ。アリウスは気を取り直すと、改めて占い師に尋ねた。


「で、どうすればいいの?」


「この街で七耀しちようの力が特に強い場所を回って、それぞれの王に祈りをささげる。つまりは巡礼、聖地巡り」


「分かった」


 巡礼、というからにはきっと、街中を歩くことになるだろう。今も全身を襲う倦怠感けんたいかんからすれば、おそらくかなりの苦行となる。


 だがアリウスにとっては、先程見せられた己の背中にしがみつく骸骨の存在こそがなによりの脅威だ。ともすればしおれそうになる心を奮い立たせながら、少年は宣言した。


「早速行ってくる。今日中に全部回ってくるから、場所を教えて」


「ダメ」


「ええっ!?」

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