第一章 不吉な拾い物
1-1 始まりは月耀日
小雨の降る通りを一人、
フード付きのコートを
「まさか、いつもの道がこんなに遠いとは……」
愚痴交じりの
「ナー」
「や」
柱の陰で顔を洗っている子猫に挨拶しつつ、最奥にある一室を目指す。そう長い距離ではないはずだが、今のアリウスにとっては歩くだけでも一仕事だった。息苦しさを覚えながら、どうにか目的の部屋に至る。
「リーラ姉。起きてる?」
ドアをノックしてしばらく返事を待つ。が、まるで開く気配がない。
「仕方ないな」
鍵が掛かっていないのは知っている。アリウスは慣れた手つきでドアを開けると、なんの気兼ねもせず中へ入った。
「お邪魔します」
玄関でコートを脱ぎ、簡素というには殺風景すぎる部屋へと進む。そして窓際のベッドに眠る、褐色の肌に銀色の髪の女性に呼びかけた。
「リーラ姉。起きて」
「ん……」
アリウスが軽く揺すると、女性――リーラは小さく身じろぎしてもそもそと口を開いた。
「……まだ昼前。良い大人は寝る時間」
「いやみんな起きてるから。パン屋のおっちゃんなんか夜明け前から働いてるから」
呆れながら言うと、彼女はうつ伏せになって枕に顔をうずめた。軽く乱れた銀の髪の向こうから、呪文のような鬱々とした声が聞こえてくる。
「……この時間に寝るのは私の日課。規則正しい生活ができるのは良い大人。だから私は良い大人。この時間に寝るのは私の日課。規則正しい生活ができるのは良い大人。だから私は――」
「あー。リーラ姉の生活にケチつけてるわけじゃなくて」
一口に占いといっても様々だが、商売としてみても占い師それぞれのやり方がある。店を出す場所や営業時間、あるいは想定する客層によって違いが出るのだ。
彼女の場合はいわゆる
(俺も、せっかくの眠りを妨げるのは心苦しいんだけど……)
できればこのまま寝かせてあげたい。だが全身を襲う
「頼むから起きてって。なんかここ最近、体の調子がおかしいんだ。少しでいいから診てほしい、いや診てください」
「……健康相談は土耀、今日は月耀。また五日後に出直して。もしくはサギッタ診療所」
「いや、赤毛先生はちょっと……」
腕はいいのだが小言も多い医者は苦手で遠慮したい。アリウスとしてはまず、自分が最も信頼する相手の見立てが欲しいのだ。
「お願いだから、この通り。こうして立ってるだけでも、なんか疲れを感じるんだ」
「……むぅ。仕方のない……」
ようやく相談に乗る気になってくれたようだ。占い師がのそのそと布団から身を起こす。この義理の姉に当たる女性が、寝るときはシャツ一枚だというのは知っていた。なので、アリウスは紳士らしく目を逸らそうとした。
逸らそうとして――。
「うわっ」
いきなり、肩をつかまれた。
今の今まで半分閉じていた彼女の目が大きく見開かれ、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。そこに夢の住人の姿はなく、もはや別人と言っていいほど身にまとう雰囲気が一変していた。
「リーラ姉?」
「アル。そんなのどこで拾ってきたの?」
いつになく真剣な声。
しかしその態度の急変に、アリウスはまるで付いていくことができない。
「そんなの? 拾った? なんのこと?」
「症状が出てるのに自覚がない……。強い想いは残っているけど意思はない? それとも想いを伝えられないほど弱っている?」
「だからなにが?」
「ちょっと待って。口で説明するより目で見た方が早い」
そう言いながらリーラはベッドを降り、机の上に立て掛けてある円盤を差し出してきた。見ろ、ということらしい。
「?」
訳が分からないまま鏡をのぞく。
映し出されるのは当然、自分の顔。
そしてその後ろに、骸骨の姿があった。
「うわあああっ」
驚きのあまり飛び退き、バランスを崩して尻餅をつく。だが痛みを感じる余裕はなく、悲鳴に乗せて疑問の声を上げる。
「な、ななな、なんだこれ!」
「骸骨」
「分かってるよ、そんなこと!」
「……怒られた」
理不尽、とばかりにリーラが頬を膨らませる。だが、納得できないのはアリウスの方だ。自分の腕を後ろに回したり、身体をひねって背中を
「どうなってるの、これ。……あ、分かった。この鏡、いたずら用なんだ」
「なにもいないし……」
占い師の姿と部屋の様子だけが映る鏡像を前に、アリウスは力なくうなだれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます