【仲村日和の五月三日 十三時四十分】
【仲村日和の五月三日 十三時四十分】
「ごはん、何食べよっか。日和ちゃんは何が食べたい?」
お昼のピーク時間から少しズレてはいるものの、飲食店はどこもかなり混んでいた。
その中で待ち時間の少なそうな店を探す道もあったとは思うけれど、私はものすごく並ぶことになったとしても行きたい店は事前に決めていた。
隼くんが広げているパンフレットを覗き込み、西エリアのお店を指差した。
「このお店のオムライスかハンバーグが食べたいって、ずっと思ってたの」
「あ、いいね! 俺、どっちも大好き!」
「隼くんはこのお店でいい?」
「うん、もちろん。日和ちゃんは食べたいものとか行きたいところとか、ちゃんと言ってくれるよね。そういうところ、俺は好きだよ」
「あ、ありがと。そう言ってもらえるの、嬉しいな」
隼くんのこれは、無意識なんだろうか。隼くんにとっては息をするみたいに簡単に言えちゃう一言に、私はいちいちときめいてしまう。隼くんはいつも余裕そうだし、恋人同士とはいえ私ばっかり好きなんじゃないかって不安になってしまう。
「早く行こう。俺もう、口の中オムライスだよ」
だけどそんな不安は一旦、頭の隅っこに置いておく。今日は全力でデートを楽しむと決めているし、それにさっき隼くんが私を安心させるために、とても嬉しい言葉を言ってくれたし!
待ち時間はやっぱりあったけれど、待った甲斐もあって目の前にハンバーグが載せられた鉄板が置かれたときの喜びはひとしおだった。何枚か写真を撮ってから、二人で「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。
食べながら談笑していると、近くで食べている中学生っぽい女の子たちの会話が耳に入ってきた。
「ね、見て! あたしも高校生になったらあんなイケメンと付き合いたーい!」
「高校生カップルだとやっぱり、『あーん』とかして食べさせるのかな? そういうの憧れちゃうなー」
……え、そうなの? 「あーん」って結構恥ずかしいと思うんだけど、やるのが普通なの? 恋人同士なら常識なの?
逡巡する私の心境など露知らず、隼くんは美味しそうにオムライスを口に運んでいる。
……だ、大丈夫だよね? 隼くんもハンバーグ好きって言ってたし、拒絶されることはないはずだよね?
ナイフでハンバーグを小さめに切り分けて、フォークで差す。それから、深呼吸を一つ。
「しゅ、隼くん……はい、あーん」
隼くんの目が見開かれた。ごめん、私も思っていたより恥ずかしい。だけどもう後には引けない。周りの視線も集まってきてかなり恥ずかしいからお願い、早く食べて。
緊張しながらフォークを構えていると、パクッと隼くんが食べてくれた。
「うん、美味しい。今度また日和ちゃんと来たときは、俺もハンバーグにしよっかな」
咀嚼して飲み込んでから笑った隼くんの顔が、とても可愛くてキュンとした。恥ずかしさとか全部吹き飛ぶくらいのご褒美をもらっちゃったなあなんてニヤけていると、
「じゃ、俺も。はい、あーん」
隼くんのスプーンで掬い取ってくれたオムライスが、私の顔の前に差し出された。馬鹿な私は一瞬小首を傾げてしまったけれど、隼くんに微笑まれてやっと察した。
恋人同士のやり取りとして古典的かつメジャーな「あーん」は、やる方もやられる方も照れくさいことを知った。いつかは慣れる日が来るのだろうか。
「わ、美味しい! 卵がふわっふわだね⁉」
「ね。美味しいよね」
「隼くん、口の横にケチャップついてるよ? ……はい、取れた」
指で拭ったケチャップをそのまま舐めると、隼くんは「ありがと」と言って飲み物を一気飲みしていた。お水を貰おうとして店内を見渡したとき、大学生か社会人か、綺麗なお姉さん二人が私たちを見て話をしていることに気がついた。
「あれ、フィクションの中だけの行為だと思ってた。実際にやっている人見るの初めてかも」
「あたしも。まあ、見た感じ高校生かな? 一番イチャつきたい年頃だろうし、いいんじゃん?」
……え、これは普通じゃなかったの⁉ 嘘⁉
恥ずかしさでのたうち回りたい気持ちを堪えて、顔に出さないように「これくらい余裕ですけど?」という体に必死に振る舞った。
だって隼くんは今も涼しい顔をしている。きっとこれくらいのシチュエーションはいろんな女の子と経験しているから、慣れっこなのだろう。私も早く彼に釣り合う彼女にならないといけないなとつくづく思わされる。
今日のデート、まだ折り返し地点だけどすでにいろんな反省点はある。だけど、
――今度また日和ちゃんと来たときは、俺もハンバーグにしよっかな。
あのときの言葉が、今度という言葉が、私を浮かれさせていた。
隼くんはまた私とここに来るつもりでいてくれることが、嬉しくて仕方なかった。
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