あのね、じつは、はじめてなんだ。 ーshort storyー

日日綴郎

【鏑木隼の五月三日 十時】

「ジェイシーランドに行きたいなー」


もうすぐやって来るゴールデンウイーク、どこに行きたいか尋ねた俺に対する日和ちゃんの返答がそれだった。


「いいね! 俺も行きたい」


彼女の要望を拒否する選択肢なんて俺にはない。二つ返事で了承し、何日に行くか二人ではしゃぎながら計画を立てた。



【鏑木隼の五月三日 十時】


デート当日。快晴ということもあって、ジェイシーランドの園内は予想を遥かに上回る人口密度だった。

人でごった返す園内に圧倒される俺とは違い、日和ちゃんは瞳をキラキラとさせていた。


「ちょーテンション上がってきた! 早くジェイシーに会いたいなー!」


付き合う前も付き合ってからも、俺は日和ちゃんが不機嫌な姿を見たことがない。

こういうところも好きだなと思う。人の多さに少しだけ嫌な気持ちになってしまっていた俺は反省し、気持ちを切り替えてはしゃぎ倒すことを決めた。


「俺、日和ちゃんの私服初めて見た。可愛いね」


着崩している制服のブレザーは派手な女子高生のイメージそのものだけど、私服は可愛いらしいというか、思っていたよりもスポーティーだった。半袖の白いシャツの上にネイビーのキャミワンピを着ていて、歩きやすいように履いた白いスニーカーが眩しい。


対して、お洒落のことはよくわからない俺は白のTシャツに黒のパンツを合わせただけでデートに臨んだわけなんだけど、大丈夫なのだろうか。私服が原因で振られたりしたら、俺はもう休日でも制服だけ着て生きていく。


「ありがと。隼くんの私服もいいよね。私、男の子はシンプルな服装の方が好き」


俺の心の中を読んだかのような絶妙なタイミングでの褒め言葉が嬉しくて、「ありがとう」とお礼を言うだけなのになんだか照れてしまった。


どこから回ろうかと園内を歩きながら話していると、日和ちゃんは少し言いづらそうに「あのね」と前置きをした。


「私の友達がね、私と隼くんの写真が見たいんだって」

「そうなんだ。俺たち、学校で二人でいることも多いのにね」

「SNSに写真上げるの嫌な人も多いじゃん? 隼くんはどう、かな?」

「全然いいよ。たくさん撮ろ!」


俺の友達も日和ちゃんの友達もSNSに頻繫に写真を上げている。むしろそれが日常の一部というか、ステータスの一部になっているかのように。

俺なんかは中学生の頃はあまりやらなかったことだから、高校生になって陽キャな友人と遊ぶようになってから価値観の違いを実感したことの一つだった。


一年経った今は写真を撮られるのもSNSに勝手にアップされるのも慣れてきたし、むしろ俺に断りを入れてくれた日和ちゃんの気遣いに好意を抱いた。


俺の返事に、日和ちゃんは安堵したようだった。


「じゃあ、早速ショップに入ろ! カチューシャ買わないと!」


満面の笑みで歩き出す彼女の隣を歩きながら、俺もまた、今日中にどうしてもやりたいことを実現するために気合を入れ直す。


やりたいこと――それは、彼女と手を繋ぐことだった。


あの白くて細い手を握って一緒に歩きたいだなんて、彼女と付き合う前から妄想していたことなのに。未だに緊張して何もできていないなんてヘタレすぎるだろ、俺。


ヤリチンと呼ばれている俺が実際は女の子の手を握ることすら緊張しているだなんて、雅久斗以外の友人たちが知ったら引っくり返るだろうな。


ショップの中に入った日和ちゃんは種類の豊富なたくさんのカチューシャや帽子がある中でも迷うことなく、ジェイシーの彼女キャラの耳を模したカチューシャを手に取った。

そして頭に付けて、わざとらしくあざといポーズを決める。


「どう?」

「うん! めっちゃ可愛い!」


茶化したりからかったりなんて、この可愛さを前に俺にはできそうにない。ただ褒めるだけの俺のリアクションに嬉しそうに微笑んだ日和ちゃんは、俺の頭にジェイシーの耳が付けられたハットを被せた。


「隼くんはこれ! うん、超似合ってる!」

「そうかな? ありがと」


近くにあった鏡を二人で覗き込むと、動物キャラの耳をつけた浮かれたカップルが映っていた。恥ずかしいけれど、嫌じゃない。会計を済ませた俺たちはいよいよアトラクションへ向かった。


俺が特別に意識しているからというわけではないはずだ。周りのカップルのほとんどは手を繋いでいる。この夢の国の中では大胆でいいのかもと気持ちが乗せられる。シャツから伸びる日和ちゃんの白い腕から指先まで、つい見てしまう。


日和ちゃんと手を、繋ぎたい。

嫌がらないだろうか。不審がられないように体を少しずつ近づけて、そっと指先に手を伸ばし……。


「隼くん? どうしたの?」


声をかけられてハッとした。ヤバい。俺、変態みたいじゃなかった?


「な、なんでもない! 早く行こう!」


誤魔化すように言ってから、俺たちは早足で絶叫系のアトラクションへ向かった。

待ち時間は二時間半待ちだと表示されていたけれど、日和ちゃんと一緒に話しているとあっという間に時間が過ぎて、待ち時間も全然苦じゃなかった。


顔を見てお喋りしているだけで楽しくて、俺はこの子のことが本当に好きなんだなって改めて噛み締める時間になった。


三つのアトラクションを楽しんだ後に、そろそろ昼ごはんにしようという話になった。


「ね、隼くん」


日和ちゃんは俺との距離を詰めた。ほんの少し手を伸ばせば簡単に手を繋げる距離に、つい意識してしまう。


「さっきの待ち時間のときね、女の子たちが隼くんのこと格好いいって言ってたよ」

「そうなの? 気づかなかった」

「わ、私だって、隼くんのこと格好いいって……いつも思ってるからね!」


日和ちゃんは俺のシャツの裾を軽く掴んで、子どものように主張した。

日和ちゃんと付き合ってからおよそ一週間、俺は彼女が何気なく口にする言葉の一つひとつにいちいちドキドキしたり、不安になったりする。


もし彼女も同じ気持ちでいるのなら、裾を掴んだこの可愛らしい仕草が無意識な独占欲の現れなのだとしたら、言葉にして伝えたいことがある。


「……わかっているとは思うけど、改めて言葉にさせて」

「うん?」

「誰かに好意を抱かれていたとしても、俺は日和ちゃん一筋だから。不安にならないでほしいな」


そう力強く口にした後、日和ちゃんの頬が一気に朱色に染まるのを見て、もしかしたら今の台詞は手を繋ぐよりもずっとハードルが高いというか、気障すぎたかもしれないと思った。


急に恥ずかしくなってきた俺が堪えられずに日和ちゃんから目を逸らすと、前方で黄色い声と人だかりができているのを視認した。


「あ、あそこにいるのジェイシーじゃない? ほら! 人だかりできてるし!」


あの盛況っぷりは十中八九間違いない。流石はジェイシー、絶妙なタイミングで現れるじゃないか!


「ほ、ほんとだ! よし隼くん、絶対三人で写真撮ろう!」


俺たちは二人で駆け出した。

ありがとうジェイシー! 大好きだぞジェイシー!

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