25 美少年と告白

 わたしは息を吸い込む。

「そうだよ。わたし、他に好きな人ができたの」

「…………」

 レンくんはうつむく。整った綺麗な顔が見えなくなる。

 雨足が強くなった気がした。

「……悪いけど、その恋は叶えてあげられない。希が他の人に恋をする姿、もう見たくないんだ……」

 ねぇ、レンくん。

 それがレンくんの気持ちなら、きっとわたしと一緒だよ。

「大丈夫だよ」

 そう言って、わたしはレンくんの頬に手を伸ばす。

 制服の袖を、大粒の雨が濡らしていく。

 レンくんはキッと顔を上げた。泣きそうな目をしていた。

「大丈夫じゃない! どうして希がボクの気持ちを決めつけるんだ!」

 怒っていても、レンくんはわたしの手を振り解いたりはしなかった。

 わたしは「大丈夫だよ」と繰り返す。

「だって、わたしが好きな人は、レンくんだもの」

「え…………」

 わたしはレンくんの頬を両手で挟んで、引き寄せた。おでこ同士をコツンと合わせる。

「レンくんはわたしにとって大切な人。たくさんのことを教えてくれた。レンくんがキューピッドで、天界に帰らなきゃいけないとしても、この気持ちを伝えないままなんて、できない」

「……っ、う」

 黙って聞いていたレンくんの口から、嗚咽が漏れ始めた。

 わたしの目にも、涙が込み上げてくる。

 くっつけていたおでこを離すと、わたしたちは二人揃って泣いていた。

「……ボクも、希が好き」

「……うん」

 どちらともなく、顔が近づいていく。

 窓を挟んで、空と学校。

 人間同士だったらあり得ない場所で、わたしたちはキスをした。

 勢いを増していたはずの雨はだんだんと弱まっていく。

 雲の間から、太陽がわずかに姿を見せ始めた。

 ──レンくんのくちびると、わたしのくちびるが離れる。

「えへへっ」

「あははっ」

 なんて幸せなんだろう。

 もう会えないとしても、後悔はない。

「合格〜〜〜!!!」

「えっ!?」

 急に、女の人の大声が響いた。

 周りを見渡しても、誰もいない。窓から身を乗り出して、外も見てみるけれど、やっぱり誰もいない。

 いったいどこから、誰が……?

「女神様だ……」

 レンくんは太陽のほうを見つめていた。

 女神様? 合格?

 恋のキューピッドとして、人間の恋を叶える試験に合格したってこと?

「ボク、もう行かなきゃ」

 レンくんは説明してくれなかったけれど、その一言で察するには十分だった。

 天界に帰る時間なんだ。

 ……よかった、最後に想いを伝えられて──レンくんの想いが聞けて。

「うん、バイバイ、レンくん……ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう、希。やっぱり希はすごいよ」

 わたしの前髪をかきあげて、おでこにチュッとくちびるを落とした。

 雲の隙間から光が差し込み、翼を広げたレンくんは光に吸い込まれるように、空へと羽ばたいていく。

 レンくんの後ろ姿は、あっという間に見えなくなった。

 わたしはその空をいつまでも見つめていた。

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