22 美少年が残したもの
レンくんが空へと旅立った次の日は、この時期らしい雨が降った。
スマホのロック画面は、いつの間にか初期設定のものに変わっている。
「本当にいなくなっちゃったんだ、レンくん……」
わたしはスマホをスリープさせた。朝の会が始まる前の教室の片隅。ため息をつくわたしに、気づくクラスメイトはいない。
莉央は、村上さんと佐藤さんの三人で、窓際の指定席に寄っ掛かり、楽しそうにお喋りしている。
朝陽くんの席に、橋本くんと田中くんが集まり、昨晩あったサッカー中継の話題で盛り上がっている。
レンくんがやってくる前の日常に戻っていた。
レンくんの机と椅子はなくなり、クラスの誰も、レンくんがいなくなったことに違和感を覚えていなかった──つまり、誰もレンくんを覚えていなかった。
村上さんも、佐藤さんも。橋本くんも、田中くんも。
莉央や、朝陽くんでさえも。
レンくんのいない世界が、こんなにも寂しいものだったなんて。
覚悟はしていたつもりだった。
でも、想像をはるかに超えていた。
胸にぽっかり穴が開いたよう、という表現は、こういう気持ちを指していたんだな。
離れたくなかった。
もっと一緒にいたかった。
──叶うなら、ずっとそばにいて欲しかった。
「……あぁ、そっか」
わたし、レンくんのこと、好きだったんだ。
困ったときには助けてくれて。
大切なことを教えてくれて。
なにより──こんな何もない空っぽのわたしを認めてくれた。
──「希はすごいね」
レンくんの言葉に、何度救われてきたか。何度、わたしを奮い立たせてくれたか。
いなくなってから気づくなんて。
「バカだなぁ……」
わたしは自身の両手を開いて見つめる。
もう、わたしの手には何も残っていない。
空っぽに、戻ってしまった。
ひとりぼっちで、教室の端っこで休み時間に本を読んでいる、地味で取り柄もない、どこにでもいる女の子──
「希? 泣いてるの?」
「大丈夫か?」
女の子と男の子の声が、頭上から降ってきた。
──うそ。
このクラスで、わたしを名前で呼ぶ女子なんて、一人だけ。
わたしを友達だって言ってくれた男子なんて、一人だけ。
わたしは顔を上げる。
「なんで……?」
眉毛がハの字になった莉央と朝陽くんが、立っていた。
泣いてこそいなかったけれど、わたしの目はうるうるしていたと思う。
「なんでって、友達が一人で泣いてたら声かけるでしょ、そりゃ」
「なにかあったのか? 友達に話したら、楽になるかもしれないぞ」
友達。
友達、友達、友達──!
レンくんが残してくれていったもの、ちゃんとあったよ……!
「ありがとう、二人とも……!」
わたしは泣きそうになるのを、グッと堪えた。
わたしの精一杯の笑顔に、二人は少しだけホッとしたようで、険しかった表情がわずかに緩くなった気がした。
莉央はわたしの後ろに回り込んできて、背中をさすりながら、「泣いてもいいんだぞ〜」とケラケラと笑う。
「いやでも、みんなに泣いてるところ見られるの、嫌だろ。場所、変えようぜ」
朝陽くんの提案にわたしたちはうなずき、中庭に続く廊下を目指して、そそくさと教室を出て行った。
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