21 美少年の心残り
息切れをした朝陽くんが中庭に入ってきた。走ってきてくれたみたいだ。
「大丈夫?」
「平気、平気」
やや暖かくなってきた気温。朝陽くんの額には、じんわりと汗が滲んでいた。
爽やかな笑顔の朝陽くんの汗は、爽やかな匂いがしそうだった。
「それよりも、返事、聞かせてくれるんだろ?」
「あ、うん……」
わたしはどもった。朝陽くんは、背筋を伸ばしている。
……あぁ、正反対だなぁ、わたしたち。
だからこそ憧れて、だからこそ付き合えたら自分の何かが変わると思っていた。
朝陽くんに変えてもらおうとしてた。
──でも、それじゃダメなんだよね。
わたし自身が、行動に移さないと。
レンくんに教えてもらった。人と話し合うこと、分かりあう努力をすること。
わたしは……こんなわたしを友達だと言ってくれている人たちに、正直でありたい。
「ごめんなさい……」
「……そっか、まぁ、そうだよな……」
朝陽くんは、大して傷ついていない風に、うっすらと笑顔を浮かべていた──きっと、わたしに気をつかわせないように。
どこまでも、人に気を配っている男の子。
「あのね、朝陽くん、聞いてほしいことがあるの」
「え……?」
「昨日、わたしと付き合えたらわたしみたいになれるかもしれないって言ってたじゃない」
朝陽くんも、勘違いしている。
わたしとまったく同じ思い違いを。
わたしの言葉で意味が伝わるかはわからないけれど、今のわたしにできる精一杯の恩返し。
「わたしもそんな風に思ってた時期があった……でも違うの。人に変えてもらおうとしても変わらない。わたしが自分で変わらないと意味ないって」
「…………」
「自分に持ってないものを持ってる人と付き合えば、その人になれるわけじゃないんだよ」
「…………」
朝陽くんは、わたしの話を黙って真剣に聞いてくれていた。
しばらく考え込んだあと、口を開く。
「……まだ、うまく飲み込めないけど……多田が言いたいこと、なんとなくわかるよ。ごめんな、迷惑かけて」
「……迷惑じゃないよ」
わたしが言うと、朝陽くんは「優しいな、多田は」と小さく笑った。
「……返事してくれて、ありがとう。これからも、友達だから!」
「……うん!」
手を振って、にこやかに、彼は中庭から出て行った。わたしは、朝陽くんの背中が小さくなるまで、見送る。
これで、よかったんだ。
朝陽くんにとっても、莉央にとっても──レンくんにとっても。
「……?」
気がつけば、頬を涙が伝っていた。
なんで、わたし、泣いてるんだろう……?
「泣くくらいなら、断らなきゃいいじゃん」
袖で涙をゴシゴシぬぐっていると、後ろからレンくんが呆れたように言った。
振り返る前に、ふわりと抱きしめられる。
田中くんに殴られそうになったところを助けてくれたときみたいに。
「れ、レンくん……」
レンくんのお日様みたいな匂いが鼻を通る。その匂いに、涙がさらに溢れてくる。
わたしのこと、どう思ってるの?
さっき、ボクも暇じゃないって突き放したくせに。
「なんで、レンくんは、そんなに優しいの……?」
泣きながら、わたしはレンくんの背中に手をまわす。彼の制服をぎゅっとつかんだ。
「優しくなんか、ないよ」
「優しい、よ……」
「……希が泣いてると、なぜか放って置けないんだ」
「……っ」
ずるいよ。
いなくなるのに、そんなこと言わないでよ。
泣いているせいで、何も言葉にならないわたしを、レンくんはより一層強く抱きしめた。
「……本当は、ボク、希が朝陽くんの告白を受けなくて、ホッとしてるんだ」
「え……?」
それって、どういう意味……?
わたしが口を開く前に、レンくんは離れていった。
「レンく……」
ばさっと、レンくんの背中から、大きくて真っ白な翼が現れた──天使の翼。
レンくんは、翼をはばたかせて、空へと高く飛び上がる。
「バイバイ」
「レンくん!!」
わたしの声が、彼の耳にまで届いたのかどうかもわからない。
レンくんは今にも泣きそうな表情で、雲の向こう側へ飛び去っていく。
あっという間に見えなくなった。
「レンくん……」
その場から動けなくなってしまったわたしは、レンくんがいなくなった夕焼け空を一人、暗くなるまで眺めていた。
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