19 美少年のいない間に
中庭は滅多に人が来ない。内緒話をするなら絶好のスポットだ。
とはいえ、周りの廊下からは丸見えなので、告白をするなら時間帯を選ばなければいけない。みんなが下校した後の、放課後とか。
「教室じゃ言いにくい話?」
大人しく、何の疑問も持たずに中庭までついてきてくれた莉央が、優しい口調で聞いてくる。
わたしはうなずいて、莉央とベンチに横並びで座った。
彼女を正面からまっすぐ見つめて、言う。
「莉央はさ……どうして朝陽くんが好きなの?」
「…………」
莉央は一瞬、驚いたように目を見開いてから、すぐに「うーん」とうなり始めた。梅雨のわりには珍しく晴れている空模様を見つめながら、記憶の糸をたぐっている。
「朝陽を好きになった理由、かぁ……」
……思い出すのに時間がかかるってことは、ずいぶん昔から好きなんだろうな。
すでに、わたしとの想いの違いを目の当たりにさせられている。
莉央の頭の整理が終わるのをじっと待っていると、
「前にも言ったけどさ」
と、口を開いた。
「ウチの悩みって、誰も聞いてくれなかったんだ。周りから明るいバカだと思われてたから、悩みなんてないだろって。逆に、いつも明るいやつが沈んでたらだるいって言われることも多かった。だから……精神的に参ってる時でも、誰にも頼れなくて、弱音も吐けなくて、マジでキツかった。嫌なことが連続して、最悪な日だった、朝陽が話しかけてくれたのは」
わたしは、女子トイレで落ち込んでいた莉央が、村上さんにうざがられていた事件を思い出す。
──「その話、もうだるいからやめて。テンション低いのもだるい、マジで」
村上さんや佐藤さんにぶつけられていた言葉は、言われ慣れているものだったのか……。
「テンション低くてうざがられるのが怖かったから、その日も普段通り、振る舞っていたつもりだった、はずなのに……朝陽が「大丈夫?」って聞いてきたの」
もう小学生の頃の話だけどね、と莉央は苦笑いして付け足した。
「朝陽とウチには共通点があった。周りの機嫌を見て振る舞っていること。ウチはバカを演じてて、朝陽は求められることに応えてる。それがしんどいよねって、初めて打ち明けられたんだ」
ひしひしと伝わってくる、二人の関係。
莉央と朝陽くんはただの幼なじみなんかじゃない──戦友だったんだ。敵を作らずに、学校を生き抜いていくための。
わたしなんかが、入っていい場所じゃない。
「朝陽が周りに合わせてしんどいの、知ってるからさ。頼まれごとは絶対引き受けるし、話題合わせるために好きでもないスポーツ番組見てるし。苦労して、頑張ってるから、幸せになってほしいんだー!」
莉央は伸びをした。青空に向かって、両手を突き上げる。
うーん、と肘を下ろし、わたしを見つめた。
「たとえ、朝陽を幸せにするのが、ウチじゃなくてもね」
莉央のまっすぐな視線に、わたしは何もかもが見透かされていると思った。
全部知ってるんじゃないか、莉央は。
わたしが朝陽くんから告白を受けたことも、返事ができないでいることも。
全部分かった上で、わたしの相談に乗っていて、わたしの意思を尊重してくれている。
朝陽くんと付き合うなら任せたよ、と。
「わたしは……」
「うん」
「わたしは……莉央ほど、朝陽くんが好きじゃない……」
到底、敵わない。
莉央の愛の大きさに。
だって、天界に帰るレンくんと、朝陽くんの告白を、天秤に乗せているようなやつなんだもの、わたしっていう人間は。
なんて図々しくて、なんて不誠実。
「そっか」
「……わたし、朝陽くんから告白されたの。でも……断る」
「うん、希がそうしたいなら、そうしな」
莉央は優しく目を細めた。
どこまで優しいんだろう、この女の子は。
「ごめんなさい、莉央」
朝陽くんに告白されたのに黙っていて。
レンくんとどっちが大事か、なんて揺らいでしまって。
結局、朝陽くんにも莉央にも、失礼だった。
頭を下げるわたしに、莉央は大丈夫だよ、と言った。
「なんとなく、そんな気がしてたから」
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