16 美少年と不必要
「朝陽くん」
放課後の中庭には、夕日が差し込んでいた。
花壇の前に立っていた朝陽くんは、歩いてくるわたしをじっと見ている。
「話って、なにかな?」
「……うん」
朝陽くんに呼び出されたのは、その日の放課後だった。
男子たちとのいざこざを終え教室に戻ったあと、隣の席から耳打ちをされたのだ。
「…………」
「…………」
なかなか話を切り出さない朝陽くん。
重い空気が感じ取れて、わたしも話をするよう催促はしなかった。
「座ろうぜ」
朝陽くんに促されて、ベンチに並んで腰掛ける。
しばらく、彼は両手を組んで指をもぞもぞさせていた。「ふう」とため息をついて、口を開いた。
「……あのさ。少しだけオレの話、聞いてくれるか?」
わたしはうなずく。
「オレ、今まで人に合わせてて、かなりキツかったんだ」
ぽつりぽつりと、朝陽くんの生き方が語られ始めた。
「誰かに嫌われるのが怖くて、ひとりぼっちになるのが怖くて。いつも話題を合わせるのに、必死だった。サッカーだって、あまり興味がないんだ。『朝陽は良いやつ』ってよく言われるけど、本当はただ、臆病なだけなんだよ」
……そうだったんだ。
そんな風に思ってたんだ。
朝陽くんは、太陽のように生まれてきたんじゃなくて、努力して太陽になろうとしていたのかな。
誰にでも優しい朝陽くんは、彼に集まってくる全員が怖かったのかな。
いつ嫌われるか、わからない恐怖。
誰かに好かれれば、好かれるほど、それは大きくなっていく。
「だから、多田が羨ましかった」
「わたし?」
朝陽くんはうなずいた。
「休み時間、一人で本読んでるだろ? 一人が怖いオレにはできない。すごいと思ってた」
「そんな……」
羨ましがられることじゃない。
友達がいないだけ。
でも、朝陽くんの言い方は、嫌味に聞こえなかった。
心の底から、わたしに憧れていたんだと伝わってくる。
わたしと朝陽くんは、太陽と影で、異なるタイプの人間だと思っていたのに。
お日様も、影に憧れることがあるんだな……。
「ずっとお前と話してみたかった。でも、周りにどういう目で見られるか、怖かった……結局、今日みたいなことになっちまったけど」
ごめん、と彼は頭を下げた。
「オレは橋本にも田中にも、何も言えなかった。頭が真っ白になった。でも多田は、きっぱり言ってくれて……あいつらの気持ちもわかって、仲直りできた。全部、お前のおかげだ」
「褒めすぎだよ」
否定しても、朝陽くんは真剣な表情のままだ。
彼は言う。
「オレ、多田が好きだ」
え。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
朝陽くんが、わたしを好き?
あの、朝陽くんが、わたしなんかを?
「悪いな、なかったことにしてくれって頼んだ直後に……」
朝陽くんは言う。
「記憶があいまいだけど、オレ、多田にめちゃくちゃアプローチしてたんだよな? ……それって、オレが自覚していない願望が、表に出てきたのかもしれないって思った──多田と付き合えたら、オレも多田みたいになれる気がするんだ」
わたしと付き合ったら、朝陽くんがわたしみたいに?
──なれるわけない。
わたしと朝陽くんは正反対の存在なんだから。
影が太陽になれなかったように、太陽だって影にはなれない。
「じょ、冗談だよね……?」
「……本気だよ」
朝陽くんの手が、わたしの背中にまわされ、引き寄せらた。
彼の心臓の音が、耳に届いて──
「……嫌っ!!」
ドンッ!
反射的に、朝陽くんを突き飛ばしてしまった。
「あ……」
「…………」
「ごめんなさい、わたし……」
手が、震えてる……。
わたし、どうして……?
「……いや、オレもいきなり、ごめん。返事は、いつでもいいから」
朝陽くんは悲しげな笑顔だけを置いて、去ってしまった。
わたしは一人、中庭のベンチに残される。
何してんだ、わたし……。
朝陽くんのことが好きじゃなかったの……?
告白されて、複雑な気持ちになるのは、なんなの……?
レンくんを天界に帰してあげるためにも、朝陽くんとは何としてでも付き合いたかったはずなのに……。
なんでOKできなかったの……?
「……レンくんのため……?」
わたし、レンくんのために、朝陽くんと付き合うの……?
それって、朝陽くんが好きな莉央にも、わたしを好きって言ってくれた朝陽くんにも失礼じゃない……?
「よかったじゃん」
誰もいないはずの放課後の中庭で、今、一番聞きたくない声がわたしの耳に届いた。
「……レンくん」
どこか違う方向に目線をやりながら、レンくんが、校舎から出てきた。
「よかったって?」
「ボクの力なしで、朝陽くんに好きって言ってもらえてさ」
「……見てたんだ」
「そりゃあ、ね」
……レンくんと、目が合わない。
わたしは立ち上がる。
「……わたしが朝陽くんと付き合ったら、レンくんは、天界に帰っちゃうの?」
「……そうなるかな」
「そっか……」
──帰ってほしくない、だなんて。
……わたしは何を考えているんだ。
レンくんを天界に帰してあげるために頑張ってきたのに、いざ叶いそうになったら、このザマだ。
矛盾している。
何がしたいんだ、わたしは。
「それにしては、嬉しそうじゃないね、レンくん」
「……だってさ」
レンくんは右足で地面を軽く蹴った。
「希にとって、ボクは必要なかったってことじゃん」
「え……」
「ボクなんか、最初からいらなかったんだよ」
そんなことない。
わたしが口を開く前に、レンくんはもう背中を向けて歩き出していた。
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