15 美少年と約束

 痛みはやってこなかった。

「……?」

 そーっと目を開ける。

 振りかざした田中くんの手は、空中で止まっている。

 彼の手首を、背後からレンくんがつかんでいたのだ。

「……暴力は、良くないよね」

「レンくん!」

 ──「いざとなったら、ボクが守ってあげるから」

 約束通り、本当に来てくれた……! 守ってくれた……!

「なんだよ、転校生! 離せよ!」

 田中くんは、レンくんの手を振り解こうとするけれど、びくともしない。よっぽど強い力でつかまれているみたいだ。

「…………」

 レンくんの鋭い眼光が、男子たちを射抜く。

 ギリ、と田中くんの手をつかむ力が、さらに強くなる。

「ってぇ……!」

「おい、やめろってば!」

 橋本くんが仲裁に入って、レンくんはようやく彼の手を離した。

 解放された田中くんは、つかまれていた手首をもう片方の手で押さえながら後ずさる。

「くそ、なんなんだよ、お前ら! お前と朝陽が絡んでると、朝陽がオレらと遊んでくれなくなるんだよ!」

「え……」

 田中くんの主張に、朝陽くんはハッとした。

 言われてみれば、二人は最初からそう言っていた──朝陽くんの付き合いが悪い、と。

 ……なんだ。

 ──相手の主張も聞いてみないとわからない。

 ──和解できることもあるかもしれない。

 レンくんが言っていたのは、こういうことだったんだよね。

「朝陽くんが構ってくれなくて、寂しかっただけじゃない」

 わたしがそう言うと、橋本くんと田中くんはバツが悪そうにそっぽを向く。

 朝陽くんはそんな二人を見比べてから、頭を下げた。

「ごめん、付き合い悪くて……! 気をつけるよ」

「……ん」

「今度、遊びに行こう。あとで、予定決めようぜ」

 朝陽くんから差し出された手を、橋本くんと田中くんはじっと見つめてから、顔を見合わせた。

 しばらくの間のあと、ため息をついて、

「……約束だからな」

 と、朝陽くんと、橋本くん、田中くんはそれぞれ握手を交わした。

 ……よかった。

 朝陽くんと友達の関係が悪くならなくて──朝陽くんと莉央が気まずくならなくて。

「おい」

「ひっ、なに?」

 わたしに殴りかかろうとした田中くんが、ぶっきらぼうに話しかけてきた。

 反射的に身構えるが、田中くんは首の後ろに手をやって、申し訳なさそうに言った。

「多田も悪かったな、カッとなって」 

「あ、うん……」

 ポカンとしてしまう。

 まさか、謝ってくれるなんて。

 ……朝陽くんとの時間が少なくなったから、暴走しちゃっただけで、根っからの悪い人たちじゃないんだな。

 予鈴が鳴り響き、橋本くんと田中くんは教室へ帰って行った。

「巻き込んで悪かったな。橋本も田中も、悪いやつらじゃないんだ……話し合えて、よかった」

 朝陽くんがわたしたちに向かって謝る。わたしは大丈夫、と両手を振った。

「そっか、話し合えば、きっとあの二人も……」

「莉央?」

 ぶつぶつと考え込んでいた莉央は、呼ばれてハッとし、笑顔を取り繕った。

「あ、ううん。なんでもない、こっちの話」

「オレたちも、教室戻ろうぜ」

「そうだね」

 朝陽くんの声かけに、莉央がうなずく。

「あ、先に行ってて。ボク、希に用があるから」

 教室へ戻ろうとする二人に、レンくんが断りを入れた。

 わたしに用事……?

「そっか、じゃあ先に行ってるな」

「早くおいでよー」

 朝陽くんと莉央に手を振って、わたしたちは中庭に残る。

「希」

 二人が見えなくなったのを見届けてから、レンくんがわたしに振り向く。

「なに、用って……?」

 わたしが言い切る前に、レンくんはふわりとわたしを腕の中に包み込んだ──つまり、抱きしめられた。

 ……えっ!?

「ちょ、ちょっとレンくん!?」

 ここ学校だよ!?

 慌ててレンくんから離れようとするけれど、逆にぎゅっと引き寄せられてしまう。

 な、なに!? なんなの!?

 どうしちゃったの、レンくん!?

 あまりの密着度合いに心臓がうるさくなる。

 ドキドキと騒がしい鼓動の中で、レンくんの声だけはやたらとはっきり耳に届いた。

「……よく頑張ったね」

 ……あ。

 その一言で、肩の力どころか全身の力が抜けていくのを感じた。

 視界が、にじんでいく。

 涙が、目尻に溜まっていく。

 レンくんから、お日様の匂いがした。

「……怖かったぁ……」

 朝陽くんと莉央が男子たちに詰められているとき、なんとかしなきゃと思った。

 わたししかいないって。

 でも相手は普段関わりのない男子二人で、体も力も、向こうのほうが大きくて強くて──叩かれそうになったときは、すごく怖かった。

 レンくんが来てくれて、本当に良かった。

「うん」

 レンくんは、わたしの頭を優しく撫でる。ボロボロと涙がこぼれて、レンくんの肩が濡れていく。

「怖かったよー……」

「うん、希はすごいよ。よく頑張ったね」

 レンくんの背中に手を回す。

 彼の温もりを全身に感じて、わたしは静かに泣いてしまった。

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