2 白猫と美少年

 昨日は、この季節らしい雨だった。

 まだ午後三時だというのに、空は曇り空に覆われていて、どことなく気分も暗くなる。

 傘を叩く水滴の音も、濡れたアスファルトの匂いも、嫌いじゃないけど、好きでもない。

 一緒に帰る友達も、寄り道する用事もないわたしは、学校から真っ直ぐ家に向かって歩いていた。

「ん……?」

 もう我が家はすぐそこだというのに、わたしの目線は足元に吸い寄せられた。

 小さなグレーの布切れみたいなものが、わたしの家の前に転がっているのだ。

 ……どこかからゴミが飛んできたのかな?

 わたしは足を止めて、腰をかがめる。その布切れがいったいなんなのか、確かめるために、まじまじと観察した。

「……ネコ?」

 汚れた布切れかと思っていたものは、グレーの猫だった。丸まっていたから、見間違えてしまった。

 恐る恐る、チョン、と人差し指で触れる。猫はピクッと反応しただけで、逃げる様子も警戒する素振りもない。

 人に慣れているのかな……?

「……もしかして、捨て猫?」

「……にゃ」

 まるでうなずいているかのような鳴き声。

 わたしの家は、静かな住宅街の中にある。この辺りで野良猫なんて見たことがない。

 ずっと暖かい家の中で過ごしていたのに、ある日突然外に放り出されたとしたら、生きていく術がわからなくても無理はない──歩き回った末、ここで力尽きてしまったのかも。

「と、とにかく、雨に濡れてるのはよくないよね」

 わたしはグレーの猫を抱き抱えた。猫は無抵抗に、わたしの腕の中に収まる。濡れた猫の毛で服は汚れたけれど、今はそれどころじゃない。

 玄関に入って、床に猫をそっと置く。

 今の時間、誰も家にいないから、勝手に猫を拾ってきて怒られたりする心配もない。

 ハンカチで猫を拭いてみるけれど、布面積が小さくて上手く拭けない。よく見たら泥もこびりついている。

 それでも、一生懸命汚れを拭き取る。だんだん、本当の毛の色が露わになってきた。

「……きみ、グレーじゃなくて、白猫?」

「にゃあん」

 グレーだったのはただの汚れで、本当は白猫のようだ。

 よく見ると、とっても美人さん。

 シャワーで泥や砂を流せば、もっとキレイになるかもしれない。

「よし、白猫ちゃん、お風呂行こう!」

 わたしは、もう一度白猫ちゃん抱き抱えて、お風呂場まで連れて行こうとした。

 しかし、今度は抱っこを嫌がるように暴れ始めた。

「な、なんで? お風呂行くのが嫌だった?」

 そういえば、猫は水が苦手なんだっけ。

「にゃーーー!!」

 玄関の扉に向かって、吠えるように鳴く白猫ちゃん。

「急にどうしたの? 外? 外に何かあるの?」

 わたしは訳もわからず、大きな鳴き声に圧倒されて、玄関のドアを開けた。

 白猫ちゃんはビャッと勢いよく、雨がまだ降っている外へ飛び出してしまった。

「白猫ちゃん!」

 わたしが呼びかけた瞬間、強い風が吹いた。

 横殴りになった雨が顔面を叩いてきて、思わず目をつむる。

 再び目を開けたとき、そこにいたのは猫ではなくて──美少年だった。

 白猫ちゃんがいたはずの場所に、美少年が立っている。

「え……? 白猫ちゃんは……?」

 わたしの問いに、美少年は、にこりと笑う。

「希、ありがとう」

 青い瞳が、わたしを射抜いた。

「なんで、わたしの名前……?」

 まばたきをすると、もう美少年の姿は跡形もなく消え去っていた。

「え? え!? どこ行ったの!?」

 辺りを見渡しても、誰もいない。

 残されたのは、呆然とするわたしだけ。

「な、なんなの、いったい……?」

 消えたり現れたり、まるで人間じゃないみたい。

 ──ブブッ。

 ポケットの中に入っているスマホが、振動した。

 スマホを取り出す。ロック画面に、母からのメッセージが表示されていた。今日は帰りが遅くなるらしい。

 アプリを起動して、了解、と返信をして、ロック画面に戻る。

「……まさか、昨日やったおまじないのせい?」

 なんて。

 バカな考えを追い払う。

 それよりも、雨が入ってきてびしょびしょになった玄関をどう掃除しようか、わたしは頭を悩ませた。

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