3 謎だらけの美少年

 転校生──もとい、レンくんはすごい人気だった。

 休み時間になるや否や、レンくんの席は、女子たちに包囲されてしまった。

「どうして転校してきたの〜?」

「校舎、案内してあげよっか?」

 レンくんを囲む女子たちの中には、小原さんグループの姿もあった。小原さん自身は、グループの女子がレンくんに絡んでいる様子を、後ろから眺めているだけのようだったけれど。

 わたしは読みかけの本を開いたまま、あっという間にクラスの女子を魅了したレンくんを、さらに遠巻きの席から盗み見ていた。

 昨日の美少年がなんでうちの学校に……?

 一瞬で現れたり、消えたりしたのは、どういうマジック……?

 聞きたいことは山ほどあるけれど、彼が注目されている今、突っ込んでいく勇気は持ち合わせていない。

 そもそも、目立つのは、あんまり好きじゃないし。

「転校生、女子人気すごいな」

 わたしに話しかけるかのようなセリフが耳に飛び込んできた。

 反射的に声のほうに顔を向ける。

「男子は近寄れねぇや」

 隣の席の朝陽くんが「な?」という表情でわたしを見ていた。

「そ、そそ、そうだね……!」

 朝陽くんが話しかけてくれた……!

 天にも舞う気分だったけれど、必死に抑えて、なるべく不自然にならないように返事をする。

 これって、朝陽くんとお話するチャンスじゃない……!?

 ありがとう、レンくん。きみのおかげで話題ができたよ……!

 まぁ、感謝を捧げても転校生には届くはずもなく。

 とにかく、いつも誰かしらと一緒にいる朝陽くんと喋れる機会なんて滅多にないんだから、ここを逃すわけにはいかない……!

 がんばれ、わたし……!

「あ、あのさ……!」

「ねぇ朝陽〜! 聞いて〜! 昨日、最悪だったのー!」

 ありったけを振り絞ったわたしの勇気は、別方向からやってきた女子の雑談に、あっけなくかき消された。

「おぉ〜、どしたどした」

 朝陽くんは泣き顔を演じる女子に、持ち前の優しさを発揮する。そのまま二人は談笑を始めた。

 わたしは持っていた本を、少しだけ強く握る。

 ……朝陽くんは、誰にでも優しいもんな。

 わたしにだけ、優しいわけじゃないし。

 お喋りできたとしても、会話、続かないかもしれないし。

 話しかけようとしたの、気づかれなくて良かった……。

 恥ずかしい思いをしなくて済んだ。

 視界が、机の表面で埋め尽くされていく。

 このまま机に突っ伏して、授業が始まるまで寝たふりでもしようかな……。

「のーぞみっ」

 ひょこっ。

 そんな効果音がつきそうな勢いとかわいらしさで、転校生──レンくんがわたしの顔を覗き込んでいた。

「え、え? え??」

 状況が理解できない。

 レンくんを質問攻めしていた女子たちは?

 彼の席の周りには、さっきまでレンくんを囲んでいた女子たちが、わたしにあまり好ましくない視線を送ってきている。

 あの女の子たち、全員無視してわたしのところ来たの……!?

 っていうか、だから、なんでわたしの名前知ってるの……!?

 謎が頭の中を埋め尽くしているせいで、どの言葉から口に出すべきか混乱する。

「希さー……」

 何も言えないわたしを、レンくんはじーっと見つめていた。

「な、なに……?」

 そんなに見つめられたら、居心地が悪いんだけど……。

 わたしの心とは正反対に、レンくんはニコッと笑った。

「実はめっちゃかわいいよね!」

「……は!?」

 か、か、かわいい!?

 わたしが!?

「な、なな、なに言ってるの!?」

 かわいいなんて、初めて言われたよ!

 ましてや男の子に!

 わたしの驚きっぷり、焦りっぷりに、レンくんはきょとんとする。

「本当にかわいいよ。自覚ないの? もったいなーい」

 ぷに、とレンくんが人差し指でわたしの頬をつつく。

 ほっぺた、つつかれたんだけど!?

 とっさに頬を押さえる。頬が熱を持っているのがわかった。

「……転校生って、多田の彼氏だったのか?」

 わたしと同じように、びっくりした朝陽くんが問いかけてくる。

「ち、違うよ!」

「そうか……?」

 否定しても、朝陽くんは信じられなさそうに首をひねる。

 わー! 絶対、勘違いされてるー!

 でも、わたしにだってレンくんが何考えてるのか、さっぱりわからないんだから、ろくに弁解もできない……!

 どうしよう……!

「ねぇ、希!」

 ことの発端であるレンくんは、わたしの手を取って、立ち上がらせた。椅子が床を滑ってガタガタと音を立てる。

「校舎、案内してよ!」

「な、なんでわたし……!?」

「希がいいんだ。連れてって。ほら行こう」

「あ、ねぇ、ちょっと!」

 強い力で手を引かれて、教室の外へと連れ出される。

 廊下に出た瞬間、教室のほうから、「なんであいつなのー!?」という女子の悲鳴が聞こえてきた。

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