第109話 橘美幸





「きゃ」

「わぁ」

 短い声がしたかと思うと、愛花ちゃんの投げたブーケがわたしの胸元に落ち、手が自然に出てキャッチしていた。

 ゲストの歓声がわたしに向けられ、どうリアクションしていいのか分からず、取りえず笑顔を振りまいた。

「美幸ちゃん、ナイス!」

 琴美さんが右手でグッジョブポーズを見せた。

 園宮さん ――― いえ、愛花ちゃんが満面の笑みをわたしに向けた。

 わたしの右隣にいた梶山さんも指で『いいね!』のポーズを作って見せた。


「おれと琴美の結婚式でブーケトスを受け取ったのが、愛花ちゃんと大輔なのは橘さんも見ていたよね」

「ええ」

「おれの仲間でおれの次に結婚したのがあの二人だから、その二人のブーケトスを受け取った橘さんが、次だよ」


「そうなると嬉しいわ」

 と笑顔を見せた。

 でも心の中では、

(たぶん、そうなると思うわ)

 そう思ったけど口には出さず、左手の薬指で輝くダイヤモンドリングに視線を向けた。

 誰からもらったの? なんて聞かないでね。

 昂輝さんからに決まっているじゃないの。


 わたしの左隣にいる昂輝さんが、さり気なくわたしの肩に手をまわした。

 ウエディングベルの階段を下りて来た愛花ちゃんが、わたしにウインクをした。そして春木君の腕を取りながら、チャペルから遠ざかって行った。

 この後、春木君と愛花ちゃんの二次会がある。

 そこに呼ばれるのは、彩香さんやヒロシ君とも所縁ゆかりある、極々ごくごく身近な人たちだ。

 わたしと昂輝さんも呼ばれている。

 二次会の会場は、もちろんビストロ ペッシュを貸し切りにしていた。


「ぼくたちのことはもう少し内緒にしておこうね」

「はい」

 昂輝さんからの提案にわたしは素直に頷いた。

 二か月後 ――― わたしは六月の花嫁になる。ジューンブライドだ。

 昂輝さんから、プロポーズとともにこの婚約指輪をもらったのは、先週の事だった。

 だからまだ誰にも話をしていなかった。愛花ちゃん以外には。


 今は春木君と愛花ちゃんだけをお祝いしたかったから、発表するのは、二人の式が終わってからにしようと決めていたのだ。

 そして、琴美さんは何も話さないけど、わたしは彼女が妊娠していると感じていた。

 琴美さんが胸をさすりながら、トイレに駆け込んだその後の様子を、わたしは目撃していたのだ。


 わたしは愛花ちゃんと琴美さんが好きだ。

(上手く行けば、琴美さんや愛花ちゃんと、同級生のママ友になれるかもしれない)

 この二人との関係を、これからも続けられる口実が出来るのなら、結婚式の前に妊娠しても構わないと思った。

 わたしは隣りにいる昂輝さんの肩にグィッと寄りかかった。

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