第110話 春木愛花  そしてわたしは心に誓う





「春木愛花になりました。これからもよろしくお願いいたします」

 二次会でのわたしの第一声だった。

 貸し切り会場となったビストロ ペッシュに集まったのは二十名ほど。


「さあ、わたしの新作メニューですよ。評価のほどは後で聞かせてくださいね」

 とわたしの母・桃子が次の料理をワゴンで運んできた。

 親しい友達だけでの集まり、という事で、お母さんは料理人に徹していた。

 でも、お母さんもそれなりに楽しんでいるみたいで、それはそれでよかったと思ってる。


 界人さんのテーブルには大谷さんと前田さんもいて、前田さんが大輔さんにからんでいた。

「このやろー。おまえもそっち側の人間になったかあ! 絶対大谷には負けないぞ」

 と前田さんが言うと、

「いやいや、結婚するのは多分おれの方が先だぞ。彼女いるもんねぇ」

 と大谷さんが言い返す。

「なぬ! ズルいぞ、抜け駆けかよ」

 大輔さんを挟んでそれなりに盛り上がっているようだ。大輔さんと界人さんはひたすら笑いに徹していた。


「ねえねえ」

 と彩香さんの中学からの友達、井畑さんと荒木さんが、大輔さんのテーブルに入って来た。

「わたしたちも独身だから仲間に入れてよ」

「おお、新たな出会いだぁ。どうぞどうぞ」

 と界人さんのテーブルに二人の女性が加わった。


 峰山さんのテーブルに久保川さんを始め、アンビシャスの仲間が集まっていた。

 だけど、それぞれのカテゴリー別に集まっては欲しくなかった。

 という事で少しずつ別のテーブルに移ってもらうようにしていた。

 井畑さんと荒木さんの移動は、その一環だった。


 わたしがいるテーブルには琴美さんと橘さん。それに美宙に信一郎君が肩を寄せ合っている。

 そこへ、

「新婚旅行、行ったらよかったのに」

 とテーブルを移動して来た粟飯原さんがわたしの右隣りにやって来た。

「美宙もいるし、それに四月からはアンビシャスの正規社員ですからね。学生たちの未来への思いに、ちゃんと取り組んで行きたいんです」

 粟飯原さんはクスッと笑った。

「真面目ね。似たもの夫婦とはあなた達のような人を指すのね」


「えっ? ぼくたちの話ですか?」

 と大輔さんがわたしの左隣に座った。

「そうよ。――― お邪魔しちゃ悪いから、こちらに移るわね」

 粟飯原さんはニコリとすると、橘さんの席に移動した。


「気を使わなくても、わたしたちこれから毎日こんな感じなんですよ」

 わたしは粟飯原さんや琴美さんの前で大輔さんの腕を取った。


「キャー! おかあさん。おとうさんとイチャイチャしてるぅ」

 と美宙が金切り声を上げた。

「ほんとほんと。今日から一つ屋根の下で暮らすというのに、我慢できないの? 若いっていいわね。今夜が楽しみね、春木君」

 琴美さんが冷やかすと、ビストロ ペッシュにドッと笑いが起こった。

 それが切っ掛けとなった。

 みんなは、それぞれカテゴリー別に座っていたテーブルから大きく移動して、交流が始まった。


(それでいいのよ。ここのいる人達はみんないい人達なんだから、コミュニケーション取らないと損よ)

 わたしは本当の親睦が始まった店内のテーブルを眺めていた。


「ここにいるみんなのおかげだよな」

 大輔さんがそっとわたしの肩を抱いてくれた。

「ここにいるみんながいたから、おれは今があると思うんだ」

 わたしは深く頷いた。

「わたしもよ。この人たちがいなかったら、わたしたちのこれからも生まれなかったかもしれないわ」

「だね」

 大輔さんの指がわたしの髪を撫ぜた。

 わたしは大輔さんに向き返った。

「それでもやはり、あなたには一番感謝したい」

「おれもだよ、愛花」

「大輔さんが傍にいたからわたしは生きていられたわ。だからね、これからもわたしの傍にいてください」

「ああ」

 大輔さんは笑顔でそう答えた後、わたしに唇を重ねて来た。

 ビストロ ペッシュに歓声が沸き起こった。

 だけど、大輔さんもわたしも、まったく意にかいさなかった。


(ありがとうヒロシ、ありがとう彩香さん)

 唇を密着させながら、わたしと大輔さんを結び付けてくれたあの二人の事は、絶対に忘れないと心に誓った。


                              完



                         白鳥かおる

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