第104話 園宮桃子





「うわぁ、おかあさん。きれい!」

 着付けを終え、真っ白なウエディングドレスを着た愛花が、新婦の控室に戻って来た時、真っ先にミーちゃんが声を上げた。

「愛花ちゃん、もう、美人はズルいよ。メチャメチャ似合っているじゃない」

 と琴美さんも橘さんも目を輝かせていた。


 わたし、園宮桃子は、娘の晴れ舞台にどんな言葉を掛けていいのか分からなかった。

「お母さん」

 と愛花の方から傍に寄って来た。

 神妙な顔をしている。

(やだ、やめてよ)

 結婚式直前の娘の改まった言葉なんか、聞きたくないわ。

 だってお化粧バッチリしてきたのに、泣いちゃったりしたら、崩れてしまうじゃないの。


「ちょっと待ってね、愛花」

 とわたしは両方のてのひらを愛花の向け、愛花の言葉にストップをかけた。

「今は泣きたくないから、わたしへの挨拶はNGよ」

「もう、お母さんったら」

「それに、お嫁に行くといっても、これからもわたしと同居するんだから、改まった挨拶なんてなんか変よ」

「それもそうね。じゃあ、やめとく」

 愛花はそう言うと大鏡の前に立ち、抜かりはないか、最終チェックをしていた。


 大輔さんと愛花は今日結婚するけど、経済観念が高い二人は、わたしたちの家に住むことになっている。

 もちろん養子になるではなく、マスオさんになる、ということなの。


 何よりもミーちゃんが喜んでいるのが、わたしは嬉しかった。


 二人が結婚の意志を固めたその夜、大輔さんが美空に話をした。

「美宙、お母さんをおれのお嫁さんにしてもいいか?」

 一瞬キョトンとしていたミーちゃんだったが、すぐにバッと目を輝かせた。

「それって、ダイスケさんがミソラのおとうさんになるってこと?」

「そうだよ。いいかな?」

「いいにきまってるわ! ほんとうね! うそじゃないよね!」

「ああ、本当だよ」

「やったぁ―! おとうさんだ、おとうさんだ。うれしい」

 そう言ってミーちゃんは大輔さんに抱き付いた。

「いいんだね。良かったぁ」

 と大輔さんもホッとした様子だった。

「それともう一つお願いしていい?」

「うん、いいよ」

「今まで美宙は、園宮美宙だったけど、春木美宙になるけど、それもいいかな?」

 美宙は小首を傾げて大輔さんを見た。

「それって、あたりまえのことでしょ? かぞくになるんだから」

 ミーちゃんの答えに大輔さんの方が唖然と苦笑いを浮かべた。

 おませなミーちゃんにわたしは思わず笑ってしまった。 



「ねぇお母さん、どうして笑うのよ。わたしなんか変?」

 愛花がウエディングドレスを見回しながら、不安そうな顔をした。

「変じゃないわよ。とてもよく似合っているわ」

「そう、それならいいんだけど」

 とちょっとナーバスになっている愛花と、その足元にまとわりつくミーちゃんを見ていたら、わたしもちょっとだけセンチメンタルになって来た。


 ミーちゃんを孫だなんて思った事はなく、わたしにとっては愛花もミーちゃんも娘だ。

 何だか大輔さんに、二人の娘を取られてしまうみたいで少し寂しい気持ちになってしまった。

 でも、大丈夫よ。

 明日からも、愛花とミーちゃんとは、一つ屋根の下で暮らす事に変わりはないんだもの。

 そうなのよ。

 何も変わらない。今まで通りだ。

 そこに大輔さんが加わるだけのこと。

(にぎやかな家族になりそうだわ)

 わたしはウエディングドレスを着た愛花を眺めながら、明日から始まる新しい生活に、久しぶりに胸がときめいていた。

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