ウエディングベル
第103話 春木大輔
ホテルのエントランスで、愛花たちとばったり出会った。
「おとうさん!」
桃子さんの手を離れた美宙がぼくに駆け寄り、飛び付いて来た。
今年に入って、正式に愛花との結婚の意志を桃子さんに告げた時から、美宙はぼくをお父さんと呼ぶようになった。
(気が早すぎるよ、美宙)
そう思いながらも悪い気はしなかった。
「ミーちゃんはこっちよ」
と桃子さんがぼくにダッコされる美宙に手を伸ばした。
「やだ、おとうさんがいい。おとうさんがいい」
「ミーちゃん、お父さんとは後で会えるよ。お父さんカッコいい服着て登場するから、楽しみにしようね」
「わかったわ」
美宙は素直にぼくから降りると、愛花と桃子さんの間に入って、二人の手を取った。
「それじゃ、大輔さん。また後で」
愛花はそう言うと美宙の手を引き、桃子さんと一緒に控室の方へ向かった。
三月の最終日曜日。
今日、ぼくと愛花は結婚する。
そして今ぼくがいるのは、披露宴会場とチャペルまで兼ね備えたホテルだった。
今日の結婚式の後、週明けの新年度から、ぼくは本部に戻る事になっていた。
大学を卒業した愛花は正式にアンビシャスの職員となり、美宙は四月から幼稚園だ。
任期が満了するのは、最短でも三年だが、ぼくの豊岡での任期は一年で終了となった。
そこには支部の人達の配慮があったようだ。
何も語らないけど、矢本さんが特に尽力してくれた事は明白だ。
矢本さんの支部での任期延長がそれを語っていた。
「やめてくれよ。礼なんて言われる筋合いはないさ。おれがここにいたかったから、そうしたんだよ」
矢本さんはそう言ったきり、その話には取り合おうとはしてくれなかった。
(ありがとうございます。矢本さん)
矢本さんの意をくんで、ぼくは心の中で彼に感謝を告げた。
「春木君、おはよう。それと、おめでとうね」
「おめでとうございます。春木君」
エントランスに入って来た琴美と橘が声を掛けて来た。
「これから愛花ちゃんの控室に行くけど、男子禁制だから、付いて来ちゃダメだよ。着替えの真っ最中かも知れないからね。アハハハハ」
相変わらずの琴美の物言いに、緊張していたぼくの心が、スッ―とほぐれた。
琴美の事だから、ぼくの緊張を感じて、わざとそんな言い方をしたのかもしれない。
「あっ、美幸ちゃん、ちょっと、わたしトイレ。先に言っといてね」
と琴美があわわてた様子で小走りで去ると、
「それじゃ、春木君。後でね」
と橘もその後を追っていった。
「春木君、おめでとうございます」
榊原さん夫婦だった。
「ありがとうございます」
先日、愛花が
その時も美宙のこれからの学費を出したいと言って来たらしいが、丁重にお断りしたと愛花が話していた。
榊原夫婦の隣にはアリサと近江がいた。
二人が婚約したと聞いていた。
「春木。おめでとう。式に呼んでくれてありがとうな」
「春木さん。おめでとうございます」
定型の挨拶だが、この場においては、それ以外の言葉を捜すのは難しいし、何よりも、彼らからは想いの深さを感じる事が出来た。
「大輔さん。おめでとうございます」
「大輔君、おめでとう」
榊原一家が去った後、控室に向かったぼくの後ろから、立花夫婦が声を掛けて来た。
「ああ、立花さん。仲人まで引き受けて頂いて、今日は本当にありがとうございます」
「いやいや、わたしでいいのかね、仲人なんて大役」
彩香の父・茂さんが遠慮気味にそう言ったが、
「ぼくと愛花の思いをよく知るあなた方だからお願いしたんです。他に頼める人はいません」
と正直な気持ちを伝えた。
新郎の控室に入ると、両親がすでにいた。界人もいたし、前田・大谷もいた。
「おめでとう、大輔」
界人がぼくの肩をポンと叩いた。
「ほんと、よかったよ」
「言いい
大谷と前田もそう言ってくれた。
彼らなりにぼくを心配してくれたようだった。
「新郎様、着付けにいらしてください」
ホテルのスタッフから声が掛かった。
「行ってくるよ」
少し緊張した。
結婚式においては、新郎なんて脇役のようなものだ。
メインはやはり新婦だ。
それが分かっていても緊張するのだ。愛花はさぞかし緊張している事だろう。
(愛花の思い出に残るいい式にしたい)
そう思うと、ますます緊張してきた。
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