第86話 大切な関係
毎日を
ぼくは自分が子供好きなのかどうかは分からない。
そんな事を考えた事もなかったが、美宙と信一郎の二人だけは、見ていて飽きないし、これからどう育っていくのか、とても楽しみだった。
中でも美宙は別格だ。
可愛いくて仕方なかった。
これから先、ぼくは誰かと結婚して子供をつくるのかもしれない。
(だけど……)
自分に子供が出来たとしても、美宙以上に愛せる自信はないと思った。
(まあ……そんな心配は、必要ないか)
彩香を
これから先も、時間と共に、彩香を愛した思いは、更に色あせて行く事だろう。
(それでもだ……)
彩香を愛した時と同じように、純粋に一人の女を愛するなんて……きっとぼくにはもう出来ないに違いない。
愛花だってそうだ。
おそらくぼくと同じような気持ちを抱いているだろうし、何よりも美宙の母親としての立場を、優先しているのが分かった。
そんな愛花は今、ある憂いを抱えていた。
最近の美宙は『お父さん』という存在を明確に意識するようになっていた。
愛花と一緒にショッピングモールなんかに行くと、美宙はぼくと愛花の間に自分のポジションを作ろうとする。
美宙は本当に愛らしい顔立ちで、通り過ぎる人が時々振り返り、中には声を掛けて来る人も少なくなかった。
「お人形さんみたいに可愛い顔立ちのお子さんですね」
「あなたお若いわね。もしかしたら年のはなれた妹さんかしら?」
「お母さんが美人だから、お子さんも可愛いですね」
と評価の対象は二人に限られていた。
そんな中で、
「若い旦那さんですね」
周りの目からすれば、100%と言っていいくらい、ぼくと愛花は夫婦と思われているようだ。
まあ、シチュエーション的にはそう見えても仕方ないのだが……。
慣れっこになっていた事もあって、ぼくと愛花はそれを軽く受け流し、会釈を返すに
そんな中で美宙に話し掛けて来る人もいた。
「お父さんとお母さんが一緒で楽しそうね」
そんな
「ミソラにはね、やさしいお父さんと、きれいなお母さんがいるのよ」
つぶらな瞳をぼくに向けるのだ。
お父さんとは、ぼくの事を言っているのか、あるいはヒロシを指しているのか、それは分からなかったが、どちらにしても、――― 自分には父親はいない ――― 美宙はそれを自覚しているみたいだ。
満面の笑みの中に、どこか思い詰めたものを感じるのは、ぼくの思い過ごしではないだろう。
愛花にしてもそうだ。
お父さんの話題が出ると、愛花はとても悲しそうな顔をする。
ヒロシを思い出すというよりも、片親しかいない美宙を
ぼくからしてみれば、不憫に思うのは、美宙だけではなかった。
二十一歳の花の女子大生であるはずなのに、愛花は友達と遊びや旅行に行く事など、ほとんどなかった。
空いた時間は常に美宙と過ごしているのだろう。
それは決して悪いことではない。
母としては当然の事だ。
だけどたまには、自分自身のための時間を持って欲しいと思うのだ。
ぼくは愛花に、大学の友人と出かけることを勧めたりもするが、愛花は興味すら示さなかった。
「大学とバイトで美宙をアンビに預ける時間が多いから、空いている時は、出来る限り美宙の傍にいたいと思うの。美宙と過ごす時間がわたし自身の時間でもあるのよ。心配してくれてありがとうございます、大輔さん」
それは本音だろう。
しかし、美宙に精一杯
「なによりも」
と愛花は言った。
「大輔さんがいつも美宙を気づかっていてくれるから、とても助かっているのよ。血のつながったお父さんがいなくても、美宙は大輔さんのこと、お父さんのように慕っているし、大輔さんも美宙のこととても大切にしてくれている。それがとても嬉しいの。大輔さんには感謝してもしきれないくらいよ。本当にありがとうございます」
「おおげさだな。おれはね、美宙のこと心の底から可愛いと思っているんだよ。今まで子供なんて見向きもしなかったのに、自分がこんなに子供に愛着するなんて思ってもみなかったよ。たぶん、おれにとって美宙は、特別な存在なんだろうな。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもないよ」
「変なの」
怪訝な顔を向けながらも、ニコリとして指で髪をすく愛花の仕草に、なぜか彩香を思い出してしまった。
愛花が彩香に似ているわけではない。
どちらかといえば似ていないと言えるだろう。
(それなのに……)
特に最近では、愛花の何気ない仕草の中に、彩香を重ねてしまう事が多くなっていた。
それに愛花は常に、彩香の服を着ていた。
ぼくと一緒の時は特にそうだ。
以前は気にもしてなかったが、最近はそれが目に付くようになっていたし、似てるわけでもないのに、彩香に見えてドキッとしてしまう瞬間があった。
そして………。
今し方、ぼくが口ごもった「それに」の後に続く言葉はこうだった。
――― 愛花といると、彩香が傍にいるみたいなんだ ―――
そんなの口に出来るわけもなかった。
「ダイスケさん」
美宙のつぶらな瞳がぼくを見上げていた。
「どうかした?」
「うん。どこかイタイイタイしたのかなと思ったの。つらそうなかおしていたから」
「ありがとう、美宙。気にしてくれたんだね」
ぼくは美宙を抱き上げた。
「もうだいじょうぶだよ。美宙が話しかけてくれたから、痛いの痛いの飛んでったぁ―――」
「キャハハハ。ダイスケさんおもしろい」
笑い声をあげる美宙に愛花が寄り添った。
目を合わせると愛花がニコリとした。
こんな感じ……悪くないと思った。
美宙を中心にした愛花とのこの関係をどう表現したらいいのだろう。
いつかは解消してしまう間柄なのは分かっている。
だけど今は、少しでも長くこの関係を続けられたらいいと、ぼくは強く願った。
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