第17話 新しい仲間
四月一日。
今日から社会人だ。
二百名の同期とともに入庁式を迎えた。
対人スキルの低いぼくだが、思っていたよりも落ち着いて臨む事が出来た。
式典会場はガラス張りの窓越しに港を見渡せる豪華ホテルだ。
県知事や県庁に関わる重鎮たちのスピーチが終わると、和洋折衷のパーティ会場へと移動した。
(どの席に着こうかな)
と思って同期たちを見渡すと、いくつかの
大学の同期だろうか。あるいは高校時代のクラスメイトかもれない。
そんなアウェイの中に飛び込む勇気などぼくにはなく、誰もいない
類は友を呼ぶといったところか。
「ここ空いてますか?」
「となり、いいですか?」
といった感じで、ぼくが着いた
全員が席に着いたタイミングで、
「どのようなお飲み物がよろしいでしょうか?」
真紅のスーツを身にまとったコンパニオンの女性がぼく達に声を掛けて来た。
「ジンジャエールお願いします」
「わたしはカシスソーダ」
「グレープフルーツジュースかオレンジジュースありますか」
お酒も置いてあるのだがオーダーする者はいなかった。
ぼくは無難にストレートティを頼んだ。
同席したぼくたちの間で軽く会釈を交わした後、
「確か、二次募集の合格の方ですよね」
と隣に居合わせた女性が話し掛けて来た。
「ええ、そうですが」
不意に声を掛けられたぼくは、多分ぶっきら棒な物言いをしていたに違いない。
「あっ、ごめんなさい。いきなり踏み込んでしまって」
と恐縮したようにその女性は口元を抑えた。
「いえ、別にいいんですよ。あの、それより、どうしてぼくが二次募集の合格者だと分かったんですか?」
ぼくがそう聞くと、女性は少し驚いた顔をした後、クスッと笑った。
「春木さん……でしたよね」
「はい。どうしてぼくの名前を」
「二次募集の筆記試験のおり、隣りにいた者です。それに一次募集の三次試験、グループディスカッションでは同じグループだったですよ。憶えてませんか?」
「ああ、すみません。そうだったんですね」
全く覚えていなかった。
と言うか、知り合い以外に興味を示さない自分という人間を、つくづく思い知らされてしまった。
ぼくが頭に手をやると女性は再びクスッと笑った。
「
たちばな―――と聞いてぼくはドキッとした。
同時に差し出された名刺を見て、違う漢字だと知り少しホッとした。
(たちばな―――か)
立花彩香の笑顔が脳裏を
「どうかされましたか?」
「ああ、いや、何でもないです」
怪訝な顔をする橘美幸に、ぼくは再び首を左右に振った。
「と言うことは、橘さんも、一次募集がダメで再度二次募集にチャレンジしたって感じなんですか?」
と話題を戻した。
「そういうことです。安定の公務員に限定して就活していましたから」
「それ、ぼくも同じですよ」
「そんな感じがしました」
と橘は小さく笑った。
会話が少し途切れた。
気まずさもあって、ぼくは打ち解け合っている近くの
「あの人たちは大学の同期とかなのでしょうか? すでに仲がいいですよね」
「あの人たちですか? たぶんそんなんじゃないと思いますよ」
「だとしたら、コミュニケーション能力の高さに驚かされますよ。ぼくではあんな風に親しく会話できませんよ」
「そんなことないですよ」
だって、と橘は上目遣いにぼくを見た。
「わたしとはこんな風に普通に話しているじゃないですか」
「そう見えますか? これでも結構無理しているんですよ」
「わたしも同じです」
とクスクスっと笑った後、
「あの人たちは一次募集の合格者ですよ」
と橘は会話が弾んでいる
「一次募集合格者の人は、試験の間も二次募集とは違って、互いに接触を持つ機会が多かったじゃないですか」
「確かに、そうでしたね」
二次募集は、日程が取れなかったのか、筆記試験と面接試験を連続した二日間で執り行われた。
それに対して一次募集は、筆記試験――面接試験――グループディスカッション――最終面接試験―――それを隔週土曜日ごとに行われ、合格した者だけが次の試験に進めるシステムだった。
受験者同士の接触する時間は十分にある。
試験終了後に
『良かったらみんなでお茶でもしない?』
『アドレス交換しようよ』
などの先導者がいれば、それに乗っかる者は少なくないだろう。
試験が終わればそそくさと帰るぼくでは、その機会すら巡って来なかったと言う事なのだろう。
「それにしても、よく気付きましたね」
とぼくは橘の観察眼に感心した。
「ぼくなんてそんなところに気が回らなくって……」
「いえ、そんなんじゃないんです」
と橘ははにかんだ様に笑った。
「大学の同期に一次募集の内定者がいるんです。その子から聞いたんですよ。メールのやり取りはもちろん、内定者仲間で旅行へ行ったりしている人もいるとか」
「なるほどね」
ぼくは楽しそうに雑談している
「春木さんも、コミニケションが苦手な感じなんですか?」
橘がポツリと言った。
「春木さんも―――てことは橘さんもですか?」
「はい。一次募集でも最終面接まで行ったのに、県知事さんたちを目の前にして、あがってしまって、受け答えが上手く出来なかったんですよね」
「アハハハ、ぼくと同じだ」
一次募集の最初の面接は、人事課の担当者だけだったが、最終面接では県知事やその重鎮達が相手だった。
ややコミュ障のぼくにはかなり荷が重かった。練習では滑らかに答えられていたものを何度もかんでしまった。
思い出すだけで顔が赤くなる。
ちなみに二次募集の面接では、ぼく達とそんなに年の離れていない人事担当官のみだったから無難に受け答えが出来たのだった。
ぼくと橘が打ち解けて笑っていると、同じ
「おれ、
と一人が挨拶すると、他の者も次々に口を開いた。
「わたしは
「ぼくは
「わたしは
自己紹介を終えた四人はホッとした顔でぼくと橘を見ていた。
橘はぼくに笑みを向けた後、皆に向き返った。
「わたしは橘美幸と言います。大阪大学卒です。よろしくお願いします」
と言った
必然的にぼくがトリを務める事になったようだ。
ぼくは橘を
橘は肩をすくめたが、その目は笑っていた。
ぼくは咳ばらいをすると、先に出身大学を告げてから、
「春木大輔と言います。よろしくお願いします」
と挨拶を終えた。
すると、橘がいきなり拍手をした。
それに釣られるよう、他の四人も拍手に加わった。
少し照れ臭かったが悪い気はしなかった。
(いい仲間ができそうだ)
新たな出会いと、社会人としてのまずまずのスタートに、少しだけどぼくの心は
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