第14話 セフレ





 金髪ギャルの相良琴美さがらことみが困ったような顔でぼくのスマホを握っていた。

(やっかいなやつに見られてしまった……!)

 ぼくは涙でクシャクシャになった顔を斜め下にらした。

 今見られた事はこの女にとって格好の話題だろう。

 すでにSNSなんかに投稿して、笑いのネタにしているかもしれない……。

(もういい。好きにしろよ)

 何もかもどうでもよくなっていた。


 しかし……。

 ほんの少しの沈黙の後、相良が口を開いた。

「スマホこのままにしてたら、誰かに悪用されるよ」

 いつもとは違う低く落ち着いた声だった。

 ぼくは思わず、目の前にいるのが本当に相良琴美なのかと確認してしまった。

 目が合うと相良は少し苦笑いを浮かべた。


「聞いていたのか? はじめから」

 ぼくの言葉に相良はコクリとした。

「ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど」

「いいよ…もう」

 ぼくは自嘲気味に笑って見せた。

「笑っちゃうよな。ハハハ……」

 だけど……。

「笑わないよ。笑えるわけないでしょ」

 意外にも相良は真顔だった。

「とにかくこれは回収して」

 言いながら相良は、スマホをぼくの右手に握らせた。


「時間あるなら、少し話さない?」

 と相良は言った。

「いや、話すような気分じゃない」

「ならわたしの話を聞いてよ」

 と言って相良はベンチに腰を下ろした。

「お、おい……ちょっと」

 相良に手を取られていたぼくは、否応なくベンチに座らされる形となった。


「何だよ、強引だな」

「ごめんね。こうでもしなきゃ春木君は行っちゃうでしょ?」

 相良はクスクスと笑った後、ぼくにハンカチを差し出した。

「いいよ、もう」

 涙は止まっていた。泣いている所はしっかり見られていたわけだし、今更ごまかす気にもなれなかった。

 いつものパリピ相良だったら、一刻も早くこの場を立ち去っただろう。

 だけど今の相良はいつもの賑やかな―――やかましいと言うべきだろう―――雰囲気とはかなり違っていた。


 相良はポシェットから自分のスマホを取り出し、何度かタップした後、ぼくに画面を見せた。

「これ、大学生だった頃のわたし」

 そこには黒髪で清楚系の女性がいた。よく見ると相良だった。

「えっ? まさかこれ、相良?」

「なによ、その狐にでもかされたような顔は」

 金髪でギャルメイクした相良は、ぼくを睨んだ後クスクスっと笑った。

「これでも一応、四年制の女子大に通っていたんだよ」

 相良はぼくと同い年だった。つまり相良も大学四年生と言う事か。


「相良はスーパーの正社員って聞いていたんだけど、バイトだったのか」

「わたしは正社員よ。大学は中退」

 と相良は言った。

「二年の春に辞めたの。しばらくニート生活していたんだけど、わたしゲームとかはしないし、本も読まないから、家に居ても暇なんだよね。それで一昨年おととしから今のスーパーに中途採用で入ったの」

「なんで大学やめ…」

 言いかけてぼくは言葉を止めた。

 相良とはそんなに親しい間柄ではない。

 どこまで踏み込んでいいのか分からなかった。

 だけど相良はこだわりのない笑みを見せた。

「失恋したのよ。う~ん、失恋と言えば聞こえはいいけど、つまりわたし、相手の男に遊ばれて捨てられちゃったのよね」

 明るく言い放つ相良だったが、その目はとても寂し気だった。


「ほんと、わたしって純情だったな。何もかもが初めてだったから―――ほら、恋は盲目ってやつ。まさにそれだったわ」

 相良はスマホ画面に映る、清楚系黒髪の自分の画像を、懐かしそうに眺めていた。

「今はこんな見た目だけど、わたし大学に入るまで処女だったのよ。それどころか男子と手さえ繋いだこともなかったんだよ。笑っちゃうでしょ」

 ぼくは無言で首を横に振った。

「わたしね、中・高・大とエスカレートの女子校だったから、男に全く免疫がなかったのよ。友達に誘われて医大生の合コンに参加した時にね、顔はフツメンなんだけど、運命の出会いだとか、もう君しか見えないとか、三流ドラマの台詞せりふみたいなアプローチを受けて、わたしすっかり舞い上がっちゃって」

 出会ったその夜にホテルまで行ったと、相良は話した。


「わたしは彼に夢中になっていたわ。ほんと一途に彼を追いかけて、アルバイトで稼いだお金も、ほとんどその人につぎ込んでいた。とてもとても大好きだった……」

 だけどね、と相良は話を続けた。

「彼にとってわたしは遊びでしかなかったの……最初から。何となく分かっていたけど、それでもいつか、わたしだけを見てくれる日が来るって信じて、ずっと彼にしがみついていたけど、最後は『うっとしいんだよ、おまえは』って罵倒されて……。さすがにわたしの心も折れちゃったよ。それでなんか、いろんなことが面倒になって、大学にも行けなくなって授業料も納めずに半年放置していたら、退学通知書が届いてね。通っている振りしていたことがバレて、両親からめちゃくちゃ怒られたよ」

「……わかるよ」

 もしぼくの家が裕福で、親の苦労なんて微塵みじんも感じていなかったら、大学には行けなくなっていたかもしれないと思った。

 本当は悲しいはずなのに、笑いネタのように話す相良の横顔を、ぼくは初めてまじまじと見つめた。


「おれは今まで、相良を誤解して見ていたみたいだ」

「ビッチで陽気な金髪ギャルって思ってたでしょ?」

「うん……! あっ、いや、違う……」

 頷いた後で慌てて否定するぼくを見て、

「アハハハハ。春木君、素直すなお過ぎ」

 といつもの相良の顔を見せた後、

「わたしね、恋人を作らないことにしたんだ」

 と相良は言った。

「彼を好きになるまで気付かなかったけど、わたしは一途に恋するタイプなんだよね。周りが見えなくなり、後もどりも出来ない。もし今度、本気で誰かを好きになり同じような目にあったりしたら、わたしもう二度と復活出来ないと思う。だから恋はもうしないの」

 と相良は女の目でぼくを見た。

「でもね、知らなければそれでよかったんだけど、知ってしまうと男肌ひとはだが恋しくなる時があるの。そんな日は、夜の街をふらついて、何度かワンナイトしちゃっていたんだよね。ほんとビッチになり下がっちゃったよ、わたし」

 相良は苦笑いを浮かべた後、言葉を続けた。

「まあ、今はもうしてないよ、ワンナイト。だけどね、寂しさは抑えられないから、特定の人とだけ特別な関係を築いているの」

「それって、セフレってこと?」

「そうよ。わたし今ね、三人のセフレがいるの」


 ふと、隣りの部屋に住む久保川さんの事を『特別な友達』と呼んだ、昨日の相良の言葉が頭の中をよきった。

「久保川さんもその一人?」

 遠慮がちに聞くと、相良は小さく頷いた。

「でもね、わたしなりにちゃんと信念は持っているのよ」

「信念?」

「そう。信念……て言うか、セフレの条件と言った方がいいかもね」

「セフレの条件?」

「大雑把だけど三つあるの。ひとつは」

 と相良は人差指を立てた。

「まずはセフレに彼女がいないこと。わたしを浮気相手にするのはNG。既婚者はもちろん論外よ。二つ目に」

 と相良は人差指に加えて中指も立てた。

「好きな人ができたらわたしに話すこと。その瞬間わたしとの関係は終わりよ。二股なんて認めないから。そして三つ目」

 相良は三本目に薬指を立てた。

「絶対にわたしに本気にならないこと。わたしも愛さないし恋人にもならない」

 相良が向ける眼差しには強い意志を感じた。

 それと同時に彼女の瞳の奥にある寂しさも見逃さなかった。

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